中2飛び降り自殺 事件の裏に隠された教師の体罰とずさんな学校側の対応

2004年3月10日、長崎市立の中学校で一人の少年が校舎の4階トイレの窓から飛び降りた。

少年はその後、病院へ運ばれた。しかし、結果も虚しく死亡が確認された。

その事件が「安達雄大さん自殺事件」である。

ただ、1人の少年が命を落とした事件ではない。

実は、この事件「担当教諭による体罰」があって少年は「自殺」をしてしまったのではないか。

つまりは、「指導死」ではないか?と言われているのだ。

事件当日、雄大さんはタバコを所持している事バレて、生徒指導を受けていた。

生徒指導を受けるのは普段は誰も使用しない多目的室。

窓にはアルミホイルや新聞紙が貼られていて外から中が見えないようにしてある異様な場所だ。

そこで雄大さんは「トイレに行かせてください」と言い、そのまま4階のトイレの窓から飛び降りた。

そこでは一体、どんな指導が行われていたのか。 雄大さんはなぜ亡くなってしまったのか。

学校側の対応

この事件に関して学校側は、事件後に開かれた校長の会見で「指導に行き過ぎはなかった」と発表した。

その時、遺族に説明もしておらず、何の調査も行われていなかった。

その後、生徒の動揺と二次被害を盾に拒否していた事故報告書が開示されたのは4月10日。

そこで、警察が「自殺」と断定した事件を学校が「転落事故」として市教委に報告し、市教委も同意していたという事実が明らかになった。

この報告に対し、遺族は市教委に「自殺」として訂正を求めたが、市教委はこう言って拒んだ。

「安達さんが事件直後に『(うちの子は)自殺するような子ではない』と言ったじゃないですか。だから遺族の気持ちを配慮して、報告書は事実関係のみ記した。 市教委は、死亡原因を自殺と断定する職能を有していないんです」

(Yahooニュースより引用)

そのため、雄大さんの死は「自殺」ではなく、未だに「転落事故」として処理されている。

雄大さんの死の真相とは

しかし、転落事故ではない証拠や証言がたくさんあるのだ。

まず、雄大さんは命を絶つ前に「遺書」を遺していた。

“オレにかかわるいろいろな人 いままでありがとう ほんとにありがとう。〇〇(同級生の名前)とりょうしん、他のともだちもゴメン"

もし、自殺をする事を考えていないのなら「遺書」なんて残さないはずだ。

そして、以前から「自殺をしたい」という強い思いがあったからこそ「遺書」を残したはずである。

この事件は不可解な点が多いが、特に「学校側のずさんな対応が浮き彫りになる事件」であった。

この記事では、「学校側のずさんな対応」について詳しく取り上げます。

安達雄大さんの生い立ちから見える矛盾

幼少期

「お腹にいる時から本当に元気で、やんちゃで、甘えん坊で、面白くて照れ屋で、すぐ喧嘩するけどすぐ謝ってくるような生意気だけど憎めない子です。

雄大といるとこちらも楽しくなるような明るさがありました。そして何より優しい子でした。さりげなく荷物を持っていてくれたり、手伝ってくれたり、家の中の雑用は器用だったこともあり、何でも頼んでいました。素直にやってはくれないのですが、頼みこむと結局最後までやってくれるのです。頼りになりました。」

([母] 安達和美さんの冒頭陳述書より引用)

小学時代

「小さい頃からいつもずっと外で遊んでいました。虫博士といわれる程の虫好きで、休日は家族で山か川か海で遊んでいました。

そのうち魚釣りに夢中になり、ルアーを自分で作ってバス釣りをしたり、最近は海釣りに凝り、いつの間にか仕掛けを覚え、イカや太刀魚なども釣っていました。

釣り場で出会ったおじさんと友達になり、ポイントや仕掛けも教えてもらうと話していました。

先生からも「昔のガキ大将タイプですね、」と言われ、学校の勉強は嫌いでしたが、自分の好きなことはよく知っていました。

親としては、やんちゃゆえ、先生に叱られることもあるものの、こうして型にはまらず伸び伸びと育つ姿に、どんなに面白く成長していくのか楽しみに思っていました。」

([母] 安達和美さんの冒頭陳述書より引用)

中学時代

「中学生になり反抗期もあるのか生意気さも増し、よく私ともけんかも話しや、映画しましたが、私がサッカー部の保護者会の部長などしていることもあり、部活の、本、特に最近は音楽の話をよくしました。下の子が寝た後、夜、一緒に映画に行ったりして「お母さんて結構話しがわかるほうだよね」と言ってくれたりもしました。兄の受験の影響か急に「やっぱりいい高校に行かんばとかな」というので、「良い高校とか関係ないけん自分の好きなことを見つけに学校に行かんね」と答えると、「水産に行って船長になろうかな」というので「船で世界中に行けたらいいね」という話をしたばかりです。先日行なわれた学校の懇談会でも親として「今は特に悩みは無い」と言ったところでした。」

([母] 安達和美さんの冒頭陳述書より引用)

冒頭陳述書を読む限りではとても「自殺」をしてしまうような少年にはとても思えない。

でも、そんな雄大さんがなぜ「自殺」をすることになってしまったのか。

それには大きく2つの原因があったとされている。

1つ目が「担当教師による体罰の問題」

雄大さんの担当教諭は普段から”パワハラ教師”として知られていたそうである。

中学1年生の頃、他の生徒の悪口を言ったとして怒られたそうだ。

それも、事実無根だったにもかかわらず、一方的な指導であったとのことである。

指導される場所は、トイレの清掃用具入れや多目的室だ。

多目的室は、普段はほとんど使用されることはなく、それも、窓にはアルミホイルや新聞紙が貼られ周りから中の様子が見えることはない場所だ。

正当な指導であれば他の人に見られる場所でもいいのではないか。

2つ目が「部活動停止という連帯責任での処分の問題」

事件当日、雄大さんは担当教諭に喫煙している同級生を教えろ、と言われたそうです。

しかも、担当教諭は、雄大さんの兄の高校受験の日を知りながら、受験日に喫煙のことを言うために家庭訪問すると言い、脅したそうです。

雄大さんは、

・喫煙している同級生を密告してしまったこと

・サッカー部が部活動停止になりそうなこと

・兄の受験日に喫煙のことで家庭訪問される

上記の事が重なり精神的にかなり追い込まれていたのではないでしょうか。

雄大さんは、事件前にこんなことを友達に漏らしていました。

「部停になるからごめん」

「殴られたら避ける」

「死ぬしかない」

「いざとなったら飛び降りる」

もし、担当教諭による「体罰」や「配慮に欠けた指導」がなければ、雄大くんの口からこんな言葉が出ることはなかったのではないでしょうか。

事件当日

2004年3月10日、雄大さんはいつものように髪をセットし、いつものようにジャージを脱ぎ捨て、元気に学校へ行った。

和美さんは、後に「まさかこのまま帰って来れないとは思ってもいませんでした。」と語っている。

放課後、雄大さんはタバコを所持している事がバレて生徒指導を受けていた。

担当教諭に「トイレに行きたい」と言い、そのまま4階のトイレの窓から飛び降りた。

同日の午後6時ごろ、学校の教務担当から和美さんへ電話が入った。

「雄大くんが4階から落ちました。直ぐに病院へ来てください。」

和美さんは「怪我でもしたのだろう。」とそう思い病院へ向かった。

病院へ到着し、集中治療室で対面した雄大さんは、顔を白いシーツで覆われていた。

そして、両親が最初に聞いた言葉は、医師の「死亡確認お願いします。」だった。

事件後の聞き取り調査

事件後、和美さんは「事件の背景」を知るために子どもたちに聞き取り調査を行ったそうだ。

その調査で判明したことは、

以前から「子どもたちに体罰をする指導」があったこと、

体罰について文部科学省は次のように述べています。

体罰の禁止

「 学校における児童生徒への体罰は、法律により禁止されています(学校教育法第 11 条ただし書)。

身体に対する侵害(殴る、蹴る等)、肉体的苦痛を与える懲戒(正座・直立等特定の姿勢を長時間保持させる等)である体罰を行ってはいけません。

体罰による指導では、正常な倫理観を養うことはできず、むしろ児童生徒に力による解決への志向を助長することにつながります。

指導を行う際には、体罰に及ぶことのないよう、十分に注意する必要があります。 」

(文部科学省 生徒指導提要より引用)

また、体罰による指導が行われていたという情報の他にも

「雄大さんは目をつけられていた」こと

「雄大さんは担当教諭との信頼関係が全くなかった」こと

などを聞かされたそうだ。

事件後の学校側の対応

学校は雄大さんの「自殺」を「転落事故」として市教委に報告した。

生徒が学校の中で命を落としたのにその謝罪も説明もせず、ただ時間が経つのを待ち、沈黙したのだ。

命に関する教育、文部科学省が出している「生徒指導提要」(第9節 命の教育と自殺の防止)にこんな記述がある。

「 児童生徒の命にかかわる深刻な事件や事故が続いています。いじめ・暴力行為・薬物乱用・自傷行為・自殺など、他人を、そして自分自身を傷つける児童生徒の姿が浮かびあがってきます。

その背景として、核家族化や都市化など急激な社会変化の中で、家庭での出産や家族の死など命にかかわる大切な場面に直接ふれる機会が失われてきたことが挙げられます。

人は死んでも生き返ると思っている子どもの存在などを考えると、児童生徒たちの命の重みに関する感受性が弱まっているとも思われます。

多くの児童生徒にとって、生や死の意味について真剣に考え、命のかけがえのなさや人生が一度しかないことについて理解し、命の大切さや生きる喜びを実感としてとらえる場が必要です。 」

「生徒指導提要」(第9節 命の教育と自殺の防止)より引用

雄大さんの死について沈黙する行為は、上記の文章と照らし合わせて考えたとき、本当に本来の学校のあるべき姿なのでしょうか。

また、「生徒指導の課題」としてこのような事が記載されています。

(2.生徒指導の課題 より(1部省略))

総則において指導計画の 作成等に当たって配慮すべき事項として「日ごろから学級経営の充実を図り、教師と児童の信頼関係及び児童相互の好ましい人間関係を育てるとともに児童理解を深め、生徒指導 の充実を図ること」と定めています。中学校、高等学校の場合には、このような規定に加えて「生徒が自主(主体)的に判断、行動し積極的に自己を生かしていくことができるよう(以下略)」

と生徒指導充実の方向付けがなされています。

生徒指導提要にはこのような記載があるのに、実際の学校側の対応は真逆のものではなかっただろうか。

成人できなかった雄大さん

当時の担任教諭が「20歳になったら届ける。」と約束し、クラスのみんなで書いた「20歳の手紙」

雄大さんの手紙にはこう書かれていた。

「サッカー選手を目指し「ワールドカップでゆう勝してますように。」

「二本大表(日本代表)のキャプテンになってワールドカップでゆう勝してますように。

なれなかったらプラモデル屋の人になってますように」

遺族の思い

和美さんは、事件後にこう語っている。

日本中で、自殺だけでなく、子どもが学校に関わることで重大な事故、事件が起きた時、さらには暴力やいじめなど心身が傷つけられた時、相談、調査、検証、勧告など行うシステムが無いということでした。学校は安全なところではありません。しかしどこであれ、何か問題が起きることは残念ながら仕方が無いことでしょう。ただ人の命を預かる場として、本当に子どもを大切に思うのなら、少しでも同じ過ちを繰り返さないよう、事実を知ることはまず最初に行われる当然のことであり、検証することで、学校だけでなく、親も自らの誤りを認め、再発防止につながるのではないかと思うのですが、学校の中ではその仕組みができていません。このことは子どもに限らず、教師が被害者になっても同様ではないかと思います。

 子どもを学校に行かせている親として、せめてもう少し学校の中が安全で、安心して行かせることができる所になるためにも、この裁判が、他県でも少しずつ実施されている子どもの権利を守る、子ども条例や第三者機関の設置の動きにつながっていってほしいと願っています。

 もう一つわかったことは、指導の直後に自殺するという事件は、これまで何件も起きているという事実でした。そして常に個々の子ども、親の問題で終わらされてきました。

教師と生徒は同等の立場ではありません。これまで本当は指導とは呼べない取調べや脅し、暴力などで子どもの心が傷つき、学校に行けなくなったり、さらには命さえ失われていることも現実です。

 間違った行為をして指導を受けるというのは当然のことです。ただ子どもはその未熟さゆえ、自尊心を著しく傷つけられたり、追い詰めると、最後の抗議の手段として衝動的に死さえも選ばざるを得なくなる弱い存在であることを、教師は、親は知ることで、指導後の対応をしっかり見守ることができ、予防できる事例であると感じました。

「実際子どもの逃げ場のない叱り方だけはしてはいけないとか、最も注意するのは叱った後の子どもの様子です。」という話は先生方から聞いたことでした。

 単に関係した教師の責任の問題というのでなく、子どもは未熟で、そのやり方次第では死さえ選ぶことがあるということが前提になることが再発防止に繋がります。

 身びいきに聞こえるかもしれませんが、私が出会った指導後の自殺の犠牲になった子どもたちは皆、親から十分に愛されて育った子どもでした。

世間が思っている自殺した子どもの先入観は、自分の家には関係ないという誤った判断を起させるような気がします。

また、多くの「指導死」に共通する傾向として、教員側が子どもを追い詰めた自覚がなかった。

「生徒指導とは子どもに罰を与えることなのか。それが本当に子どものためになるのか考えてほしい。

力のある者が弱い者を追い詰めるのは、パワハラや虐待と同じ。閉ざされた学校にもっと外部の目を入れる必要がある」

学校側の対応の不備

この事件では、学校側の不備が大きく目立ったと言っても過言ではないだろう。

体罰があったのにもかかわらず、それを他の教職員も見て見ぬフリをしてのだから。

そして、担当教師も指導と言いながら、「体罰」「脅し」を使って生徒を制圧していただけに過ぎないのではないか。

生徒指導の定義とそのあるべき姿

文部科学省の生徒指導提要には、こう記されている。(文部科学省の生徒指導提要より引用)

「 生徒指導とは、一人一人の児童生徒の人格を尊重し、個性の伸長を図りながら、社会的資質や行動力を高めることを目指して行われる教育活動のことです。

すなわち、生徒指導は、すべての児童生徒のそれぞれの人格のよりよき発達を目指すとともに、学校生活がすべての児童生徒にとって有意義で興味深く、充実したものになることを目指しています。」

雄大さんへの生徒指導は、人格を尊重されておらず、有意義で興味深く、充実したものではなかった。だからこそ、「自殺」することになってしまったのだろうか。

【生徒指導の本来あるべき姿とは】(文部科学省の生徒指導提要のP2より)

「進学等による生活環境の急激な変化を受けている中学生・高校生の不安や悩みにも目を向け、児童生徒の内面に対する共感的理解を持って生徒理解を深めることが大切です。

 そのためには、児童期・青年期の心理の特徴を熟知しておくように努めなければならないでしょう。」

「児童生徒理解の深化とともに、教員と児童生徒との信頼関係を築くことも生徒指導を進める基盤であると言えます。教員と児童生徒の信頼関係は、日ごろの人間的な触れ合いと

児童生徒と共に歩む教員の姿勢、授業等における児童生徒の充実感・達成感を生み出す指導、児童生徒の特性や状況に応じた的確な指導と不正や反社会的行動に対する毅然とした

指導などを通じて形成されていくものです。その信頼関係をもとに、児童生徒の自己開示も進み、教員の児童生徒理解も一層深まっていきます。」

【喫煙について】(生徒指導提要 P176より)

「喫煙、飲酒、薬物乱用などの行為は、心身に様々な影響を与え、健康を損なう原因となること。

また、これらの行為には、個人の心理状態や人間関係、社会環境が影響することから、それぞれの要因に適切に対処する必要があること。」

雄大くんへの指導には、これらの事が考慮されていたのか。。

【こんな事が2度と起こらないためにも】

今回は、安達雄大さん自殺事件について解説いたしました。

彼のように「悪質な生徒指導」によって自らの命を絶ってしまう人はたくさんいます。

大切なことは、「日ごろから一人一人の言葉に耳を傾け、その気持ちを敏感に感じ取ろうという姿勢」(生徒指導概要より引用)です。

最後に

2019年だけでも、19959人が自らの手で命を落としています。

1日あたり54人が自殺をしていることになります。

子どもたち、もしくはあなたとって大切な人が自ら命を絶つ事がないように

「今」できることはなんだろうか。

それを考え、このような事件を2度と起きないようにする事が亡くなられた雄大くんのためにも我々ができる唯一のことではないだろうか。