尼崎事件

家族を多数乗っ取った主犯女、自殺により事件解明が難しく

兵庫県尼崎市南東部で、角田美代子(以降X)は、25年以上、血縁のない人間を集め、擬似家族として共同生活を営んでいた。

1987年頃、Xの同居女性が失踪したことを発端に、複数の不審死や失踪事件が相次いで発生したが、表に出ることはなかった。

2011年11月、Xらに監禁されていた40代女性が警察に駆け込み、Xが傷害容疑で逮捕。女性の母親の死亡事件が発覚する。

2012年10月、共犯者の自供で一連の事件が発覚したが、12月12日に主犯女Xが留置所で自殺。以降共犯者の供述で捜査が進められた。

Xやその親族11名が起訴され、自殺したXを除いた10名に裁判員裁判が開かれた。

現在もXの周辺で3名が行方不明となっている。

またXが家族乗っ取り事件を複数回起こしていたことも明らかになった。多数の家庭が崩壊に追い込まれていたことも判明している。

逮捕、書類送検者には、主犯女Xに取り込まれ、事件に関与させられた人物も多く含まれている。

犯行の経緯や動機

1987年頃、Xの自宅で家族らがA家母に暴行を加え死亡させ、尼崎市の海に遺体を遺棄。発見されずに捜索は打ち切られた。

1999年、B家母が病死。親族らに暴行や虐待を受けていた証言があった。

1999年、B家長男が軟禁されていた兵庫県西宮市のマンションから飛び降り自殺。

2003年3月、C家母がXらから虐待や暴行を受け死亡。遺体はD家倉庫の床下に遺棄された。

2004年1月、D家父の兄がXらに虐待や暴行を受け死亡。遺体はC家母宅の床下に遺棄された。

2005年7月1日、A家長男が沖縄県で記念撮影中に転落死。事故として処理されたが、数カ月前からXらによって執拗に自殺を迫られていたことが明らかになっている。

また多額の死亡保険金がかけられており、妻に役7700万円が支払われた。

2003年8月、D家母が虐待を受け和歌山県へ逃亡するも2007年末にXらによって尼崎に連れ去られ、2008年3月に意識不明で搬送、意識が戻らないまま、病死とされた。

2008年11月、Xの孫を強く叱ったことで同居人女性UがXの怒りを買い、虐待を受け死亡。遺体はC家母宅の床下地中に遺棄された。

2008年7月頃、D家長女がXのもとから逃亡したが連れ戻され、虐待を受けて12月頃に死亡。遺体はC家母宅の地中に遺棄された。

2011年7月、A家次男が同居人とトラブルになり、Xらに暴行・監禁・虐待を受け死亡。遺体はドラム缶にコンクリート詰めにされ、岡山県の海中に遺棄された。

2011年9月11日、F家母が居住していたマンションで、Xらに虐待・暴行を受け死亡。遺体はコンクリート詰めで貸倉庫に放置された。

2010年2月から2012年4月にわたり、C家長男とC家母の銀行口座から無断で年金計794万円が引き出された。

判決とその後

【F家母事件裁判】

E家父・E家母・F家長女が懲役3年執行猶予5年、F家長女とE家母が上告するも棄却された。

【Xの次男S被告裁判】

1件の死体遺棄罪だけを認め、他は否認。懲役17年の判決を言い渡され、控訴せず確定。

【Xの同居人男性V被告裁判】

懲役15年が言い渡され、控訴せず確定。

【Xの義理の妹P・Xの内縁の夫Q・Xの義理の長男R被告裁判】

3名とも殺人罪についてはいずれも否認し共に懲役21年、Qが控訴し棄却された。

【Xの義理の従兄弟男性T被告裁判】

3件の殺人や1件の傷害致死罪など大半の起訴内容を否認、無期懲役が言い渡され、控訴。棄却され確定した。

【D家次女被告裁判】

3件の殺人罪など大半の起訴内容を否認、懲役23年判決が言い渡された。

【 角田美代子 自殺】

2012年12月12日、留置所の布団内で長袖Tシャツを首に巻きつけ自殺を図り、搬送されたが死亡が確認された。