淡路島5人殺害事件

2020年07月

犯人の両親や被害者は何度も警察に通報・相談していたが事件は起きた

淡路島5人殺害事件は2015年(平成27年)3月9日早朝に兵庫県洲本市中川原町中川原の集落(淡路島中部に位置する)で発生した大量殺人事件。

近隣住民2家族の男女5人を相次いで刺殺した加害者の集落住民・男(以下X、犯行当時40歳)は高校中退後に引きこもり生活を続けており、精神刺激薬「リタリン」を長期間服用した副作用で薬剤性精神疾患を罹患したことから日本国政府・本事件被害者5人やその家族を含めた近隣住民らに対して一方的な被害妄想を抱くようになった。

Xは事件前からインターネット上で「日本国政府が自分に電磁波攻撃をしている」などと陰謀論を主張しつつ、被害者ら近隣住民を「政府の陰謀に加担するサイコテロリストだ」などと誹謗中傷していた。

犯行の経緯や動機

平野達彦の生い立ち

加害者X(逮捕当時40歳・無職)は事件現場の洲本市郊外の集落で生まれた。小学生の頃は地元のボランティア活動に積極的な父親を持ち、友人と一緒に釣りにでかけたりラジコンで遊んだりと活発な少年だった。

地元の小中学校を卒業後、神戸市内の私立高校に進学したが3年生の時に中退し、幼少期の両親の離婚・学校におけるいじめなどが原因で、それ以降は実家にて引きこもり生活を送るようになる。

X本人とは対照的に近隣住民から父親は「話好きな性格」として慕われていた。Xは淡路島内だけでなく明石市内を含めて精神科病院への入退院を繰り返し、一時は明石市内に転居したが事件発生直前の2015年1月頃に頑張集落に戻り父親・祖母と3人暮らしでXのみ離れに住み、退院後は行政機関・医療機関の関係機関から転居先を把握されず、適切な治療が中断されていた。

Xは事件を起こす数十年前からTwitterやFacebookなどのSNSで「日本国政府が何十年も前から電磁波犯罪・ギャングストーキングを行っている」と訴え、近隣住民に対しても「集団ストーカー犯罪とテクノロジー犯罪の常習犯」などと同様の内容で一方的に誹謗中傷を行うといった異常行動が見られた。

SNSにて「スパイリスト」として事件被害者5人やその家族のみならず、面識のない近隣住民や警察・行政・病院関係者を含めて140人程度、団体の実名を挙げた上で地域住民の家族構成・勤務先などの個人情報一覧表を載せた名簿をインターネット上に公開するといった誹謗中傷・意味不明な投稿を繰り返していたため、近隣住民の間では「Xに近寄るな」という声が上がっていた。

また、明石市内で一人暮らしをしていた際にも近隣住民を無断で撮影した動画をインターネット上に投稿し、その住民を被害者と同様に誹謗中傷する行為をしていた。

兵庫県警察・洲本保健福祉事務所には2005年9月以降、被害者家族から少なくとも11回、Xの両親から9回にわたって公的機関への通報・相談がされていた。

健康福祉事務所はこれを受けてXを強制入院させ、精神科病院を紹介するといった支援を継続しており、2014年10月には洲本警察署へ注意勧告がなされ、住民相談への対応強化を進めていた。しかし結果的に県警・行政が互いに連携して事件を阻止することはできなかった。

犯行へ

加害者Xは事件9年半前の2005年9月、淡路島内で物品を壊したとして警察官に保護され、その後淡路島内の精神科病院に入院した。

この際、洲本健康福祉事務所は退院後もX本人の様子を両親に尋ねていた。Xは精神刺激薬「リタリン」を長期間(約5年間)にわたって大量に服用したことにより2006年ごろに薬剤性精神疾患に罹患し、その症状として体感幻覚・妄想着想・妄想知覚などを発症していた。

これらの病状に悩まされていたXはインターネット・書籍でその原因を調べるうち「『日本国政府・及びそれに同調する工作員らは一体となって、電磁波兵器・精神工学兵器を使用し個人に攻撃を加える』という行為、すなわち『精神工学戦争』を行っている」という思想を持つに至った。

さらにXはそのような思想を前提として「自身やその家族も『精神工学戦争』の被害者であり、近隣住人の被害者A1一家・被害者B1一家は自分たちを攻撃する工作員である」との妄想を抱くようになった。

Xは後述のトラブルに前後して「知人が来ると奇声を上げたり睨み付けたりする」「早朝からオートバイの騒音を撒き散らす」などの奇行が見られたため、被害者A1の娘がXの父親に苦情を入れていた。

2009年7月、Xはオートバイで騒音を出していたことから被害者男性A1の孫である男性とトラブルになり、向かってきた男性めがけてバイクを急発進させようとし、これに激怒した男性から鉄パイプで殴りかかられた。
この事件により駆け付けた洲本署からトラブルが認知される格好となったが、男性は「Xを殴った」と認めたために罰金刑に処された。

Xはこのトラブルの数か月後からインターネット上にA1やその家族を誹謗中傷する投稿をするようになり、被害者A1宅に「お宅は風俗店ですか?」といういたずら電話を頻繁にかけ続けた上、インターネット上にも同様の投稿を行っただけでなく、A1宅に押し掛けて「俺の悪口を言っているだろう」と怒鳴りつけて無断で写真を撮影するなどの嫌がらせを始めたばかりでなく、被害者B1の家族に対しても同様にインターネット上で誹謗中傷を行うようになった。

2010年7月、Xの母親が兵庫県警洲本署・兵庫県洲本健康福祉事務所に「インターネット上への投稿を巡って近隣トラブルを起こした」と相談した。

計3回にわたって相談を受けた洲本健康福祉事務所は「不測の事態」に備えて「病院受診を勧める際に洲本署の応援が必要だ」と判断し、母親に警察へ連絡させた。
このころ洲本署員はA1らに対し「インターネット上への誹謗中傷を名誉毀損で刑事告訴すれば立件できる」と提言したため、A1らはそれに従った。

兵庫県警洲本署は2010年12月に「殺害された被害者男性Aの孫にあたる男性の写真をインターネット上に無断掲載して男性を誹謗中傷した」として名誉毀損容疑で被疑者Xを逮捕したが、被疑者Xが意味不明な発言・不自然な言動を繰り返したために同署は洲本健康福祉事務所に連絡した上で不起訴処分として釈放した。

Xの母親が「息子の調子が悪い」と相談したため、被疑者Xは精神科医の診察の上で緊急処置として精神保健福祉法に基づき兵庫県明石市内の病院へ措置入院(県の権限で強制的に入院)させられていた。

Xはその後、明石市内で一人暮らししてこの病院へ2013年10月まで計3回にわたって1か月 – 2か月の入院を繰り返し、2014年7月ごろまで通院などで治療していた。

Xは明石市内に在住していた際には明石市・明石健康福祉事務所とそれぞれ面談しており、明石市に移住した当初こそトラブルを起こすこともあったがその後は落ち着き、退院していた時期にカラオケに行ったり、友人・交際相手がいたときもあったため、当時の関係者は『神戸新聞』の取材に対し「(明石市在住当時のXは)引きこもりの状態ではなく他人に危害を加えるような人でもなかった。

後に洲本市の実家に戻った時に環境が変わったことが事件に影響したのではないか」と証言した。
Xは退院後、明石市の友人宅にいたがやがて淡路島に戻り、父親の畑仕事を手伝ったがやがて再び引きこもるようになった。

両親は2014年10月、Xの母親は洲本健康福祉事務所へ「息子が金の無心に来ていて怖い」と相談した上、父親とともに当時Xが在住していた明石市内の明石健康福祉事務所にも「息子がインターネット上で誹謗中傷をしている」と相談した。

両親からの相談は両事務所に少なくとも7回あったため、洲本健康福祉事務所は明石健康福祉事務所への相談内容と併せ、洲本署に「Xの母親が不安がっている」と伝えた。

その上で明石健康福祉事務所職員は明石市職員とともにX本人と直接面談して体調・生活状況などを確認した際、「入院の緊急性は感じなかったものの金銭面で困っている様子がある」と記録、面談結果を両親・洲本健康福祉事務所に報告した。

また、洲本健康福祉事務所は県警洲本署に連絡した上で「不測の事態に備えて」連携を確認した。一方で兵庫県警には「2014年10月に洲本健康福祉事務所から『Xが家族のところに戻ってくる可能性がある』と連絡されたが、『自分や他人に危害を加える恐れはない』との付言もあった」という記録があった。

Xはその後、2015年1月ごろに現場の実家に戻ったが、洲本健康福祉事務所はこれを把握していなかった。一方でXがいなくなったことから平穏を取り戻した被害者A1一家は自宅のリフォームを開始していたが、2015年2月14日に集落に戻ってきたXが奇声を上げながらカメラで近隣住宅を撮影していたことから、これに恐怖したA1一家はXの父親に事情を聴き、「Xは明石市内で入院していたがトラブルで淡路島に帰ってきた。その直後はおとなしくしていたが『病人という認識』がないために服薬を拒否して徘徊している」という事情を知った。

2015年2月14日以降、Xに関する被害者家族からの通報が相次いだことから洲本署はパトロールを強化したが、X本人とは一度も接触できないまま事件発生を許す結果となった。

事件直前の2015年2月中旬、被疑者Xは被害者A1の家族とトラブルとなって兵庫県警に110番通報されていた。

2月から3月にかけて計9回、被害者A1やその家族からXの誹謗中傷行為について所轄の洲本署に相談があり、被害者A1宅周辺の見回りなど・被疑者Xの父親への接触を行っていた。

Xは事件当日の2015年3月9日午前4時ごろ、自宅近くの兵庫県洲本市中川原町中川原の被害者A1宅へ侵入し、離れ寝室で就寝していたA1の妻A2を、左胸などをサバイバルナイフで多数回突き刺すなどして、その場で心臓・上行大動脈多発刺創による失血により死亡させて殺害した(殺人罪その1)。

その直後、母屋寝室に移動したXは部屋で寝ていた被害者A1を襲撃し、左胸などをサバイバルナイフで多数回突き刺すなどして、その場で多発性胸部大動脈刺創による失血により死亡させて殺害した(殺人罪その2)。

午前7時10分ごろ、Xは被害者B宅の離れ玄関付近でB1の母親B3を襲撃し、左背部などをサバイバルナイフで多数回突き刺すなどして、その場で心臓・胸大動脈貫通刺創による失血により死亡させて殺害した(殺人罪その3)。

その直後、Xは被害者B1宅の母屋玄関付近でB1を襲撃し、胸などをサバイバルナイフで多数回突き刺すなどして、B1宅北側の畦道で右肺臓刺創・左内胸動脈切断による両側性血気胸により死亡させて殺害した(殺人罪その4)。

被害者B1はXに襲われる直前、当時32歳の長女(B3の孫、事件当時32歳)に「逃げろ」と叫び、長女がB1宅から約100メートル先の民家に逃げ込んだ直後に刺され、その直後には瀕死の重傷を負いながらも[37]携帯電話を用い、自ら「家にXが入ってきて刺された」と110番通報した。

次いで母屋でB1の妻B2を襲撃し、左背・左胸などをサバイバルナイフで多数回突き刺すなどして、その場で心臓・胸大動脈貫通刺創による失血により死亡させて殺害した(殺人罪その5)。
以上の犯行時、Xは正当な理由なく被害者A宅・B宅それぞれの敷地内で凶器のサバイバルナイフ1本を携帯した(銃砲刀剣類所持等取締法違反)。

事件発生直後の午前7時15分ごろ、犠牲になった父親B1から逃がされ自宅から100メートル先の近隣住民宅に避難した被害者B1の長女が電話を借りて「両親(B1・B2夫妻)と祖母B3が近隣住民に刺された」と兵庫県警察に110番通報し、淡路広域消防事務組合消防本部にも兵庫県警を通じて「家に人が入ってきて刺された」と通報が寄せられた。

近隣住民はB1の長女がXに見つからないように自宅の奥座敷でしばらく匿った後、近くの畦道で裸足で倒れていたB1を発見した。

通報を受けて県警洲本警察署の警察官・地元の消防署員がそれぞれ事件現場に駆け付けて事件現場を確認したところ、被害者B1が自宅屋外で、B2・B3両被害者が自宅で、それぞれ体の複数個所を刃物で刺されて血を流して倒れていた。

3人はいずれも心肺停止状態で倒れており、搬送先の病院で全員の死亡が確認された。
また警察官がさらに現場付近を確認したところ、午前8時過ぎになって被害者A1宅でもA1が母屋・A2が離れの寝室で、それぞれ遺体で発見された。

A1・A2両被害者の遺体は警察官に発見された際には死後硬直が始まっていたため「死後数時間が経過している」と推測された。

また被害者5人全員が寝間着・部屋着姿だったことから、兵庫県警は「5人とも未明から早朝にかけて就寝中・起床直後に襲われた」と推測した。

洲本署員が事件現場付近で「衣服に血が付いた男」(被疑者X)を発見して事情聴取したところ、男Xが被害者らを刺したことを認める供述をしたため、兵庫県警洲本署は被疑者Xを現行犯逮捕したが、被疑者Xは逮捕後になって「弁護士が来るまで話しません」と供述した。

当初の逮捕容疑は「B1家の被害者親子3人への殺人未遂容疑」だったが、その後3人の死亡が確認されたため兵庫県警は容疑を殺人容疑に切り替えた。

兵庫県警は9日、被疑者Xの自宅を家宅捜索して複数の刃物を押収した。
また同日、B1家の被害者親子3人に対する殺人容疑で被疑者Xを神戸地方検察庁に送検した。

判決とその後

公判では被告人Xの犯行当時における刑事責任能力が主な争点となり、検察側は「向精神薬の長期大量服用による被害妄想の影響は認められるが、正常な判断の下で犯行に及んだ」として完全な責任能力の成立を主張した一方、被告人Xは鑑定結果に異議を唱えた上で「精神医学は科学ではなく文学に近いもので、精神科医らは薬剤投与により依存者を増やして虚偽の診断をしている」などと自説を展開した。

2020年1月27日に控訴審判決公判が開かれ、大阪高裁(村山浩昭裁判長)は3度目の精神鑑定結果を採用した上で「被告人Xは妄想性障害により被害妄想が悪化しており、犯行当時は自己の行動を制御する能力が著しく減退した状態(心神耗弱)だった」と認定して、第一審・死刑判決を破棄して無期懲役判決を言い渡した。

裁判員裁判で言い渡された死刑判決が破棄された事例は7例目で、大阪高裁は判決理由にて「第一審段階までの『被告人は薬物性精神障害だが完全責任能力が認められる』とした精神鑑定結果は薬物を服用しなくなってからも妄想などの症状が続いていることを説明できていない」と指摘した上で、その鑑定を担当した精神科医の証言が第一審から変遷していた点を挙げ「信用性に大きな疑問がある」と指摘した。

被告人X・弁護人は判決を不服として上告期限となる2020年2月10日付で最高裁判所へ上告した一方、大阪高等検察庁は同日までに上告しなかっため、死刑判決が言い渡される可能性は消滅した。

被害者A1・A2夫妻の遺族は2020年2月13日に大阪高検が上告を断念し、死刑回避が確定したことを受けて「自分たちは一生、被告人Xが死刑に処されない事実に苦しまなければならない。仮に死刑にならないとしても絶対に社会に戻らせず、刑務所で一生を終わらせてほしい」とのコメントを出した。