千葉・息子監禁衰弱死事件

2020年07月

「非行するので反省させたかった」非行を繰り返す息子を自宅に監禁、衰弱死させた事件

1991年12月から翌年4月までの5ヶ月間、千葉県市川市で非行を繰り返す実の息子B君(17歳)を、父親A(当時48歳)が自宅に監禁し、衰弱死させるという事件が起きた。

事件の経緯と動機

千葉県市川市に住むA(当時48歳)は中学卒業後にある食品メーカーに就職、そこで32年間働き続け工場長を務めるまでになった。A一家は妻、そして息子B君の3人家族。

1987年、Aの妻であり、B君の実の母親が病死。

1989年、AはC子と再婚するが、この頃からB君は荒れ始めるなった。Aは学歴がないことで苦労し、その苦労を息子に味わわせたくないと、普段から息子に厳格だった。厳しい父親と2度目の母親に反発したB君は1991年夏ごろから無断外泊をするようになり、そのたびに自宅から現金を持ち出すため、Aは厳しく注意していた。

1991年9月、B君は「家庭内の決まり」だった部屋の掃除をせずに遊びに出た。帰りが遅くなり、家に帰っても怒られるだけなのでそのまま無断外泊、やがて小遣いがなくなり、スーパーで万引きをして補導された。

10月、B君は千葉県内の公立高校を中退した。その後、Aの言われるまま印刷工場に就職したが2週間ほどで辞めてしまう。家出や万引きはその後繰り返されていた。

同年12月、A(当時48歳)はB君(17歳)を自宅2階に監禁した。外に出られないように足に鎖をつけ、バケツをトイレ代わりに宛て、食事は1日1食で、入浴は許されなかった。こうした生活に耐えられなくなったのか、B君は12月中旬に一度部屋から逃げ出している。

しかし、この時万引きをして店員に捕まり、家に連れ戻された。以後、5ヶ月間、AはB君を1歩も外に出さなかった。妻・C子(当時48歳)も夫に逆らえないまま監禁を放置していた。

翌1992年4月24日、AはB君の様子がおかしいため病院に運んだものの、衰弱がひどく、5月7日に死亡した。

逮捕後、Aは「非行するので反省させたかった」と供述した。