シントイア・ブラウン

少女が買春客を銃殺、未成年だが「成人と同様に」第一級殺人犯として終身刑に

2004年8月5日、シントイア・ブラウン(当時16歳)が不動産業者のジョニー・アレン(43歳)を殺害した。

殺害されたジョニー・アレンは、シントイアを買春した後、売春あっせん業者の下から連れ去り、性行為目的で自宅に連れ込んだ。

陸軍の狙撃手だった経歴を持つアレン氏の自宅には複数の銃器が無造作に置かれており、命の危険を感じたシントイアは、ジョニーの後頭部を至近距離から射殺したとされている。

逮捕後、シントイアは成人として裁判にかけられ、第1級殺人罪と加重強盗罪で有罪判決を受け、少なくとも51年間は仮釈放の認められない終身刑を言い渡された。

顔立ちからは想像もできないような乱暴な発言や、その壮絶な生い立ちがメディアがメディアに注目された結果、事件は2011年にドキュメンタリー番組化された。

番組の公開によって、シントイアに同情する声が上がるようになり、情状酌量による恩赦を求める署名活動も行われた。

SNSでは、ハッシュタグ「#FreeCyntoiaBrown」(シントイア・ブラウンさんを釈放せよ)を共有するキャンペーンが広がり、ハスラム前知事に釈放を嘆願するオンライン署名運動には32万5000人以上が賛同した。

その後、2019年1月に州知事が恩赦を与えることを決定し、同年8月7日にシントイアは仮釈放されている。

シントイア・ブラウンの生い立ち

ドラッグに溺れる母親、実母に会わせてくれない養母

シントイアは1988年、母親ジョージナがわずか16歳の時に、私生児として生んだ子であった。

そもそもシントイアの家系は荒み切っており、シントイアの祖母は、19歳の時に結婚した暴力をふるう夫から逃げた直後、夫が復讐の為に送り込んだ不良に強姦され妊娠した。

そうして生まれたのが母親のジョージナであり、そんな悲惨な生まれ方をしたジョージナは、まるでそんな悲惨さを自ら体現するかのように、幼少時から荒れていた。

シントイアの父親については、ジョージナが毎日のように泥酔していた為、誰だか分からなかった。ただ、ジョージナが白人の為、シントイアの外見から黒人であることは明らかだった。

ジョージナは後年、ドキュメンタリーの取材で、シントイアの妊娠出産のことを、「妊娠のことをよく分かってなかったのよ。実感なんて全くなくて。産まれるまで何って感じだった」「妊娠したとき、アタシは泥酔してた。妊娠してからも出産後も毎日酒を飲んでて、シントイアが8ヶ月の頃かな、コカインをやり始めるようになったの。コカインを始めると同時に、どうやったらコカインを買う金を手に入れるか学んだ。つまり売春ね。これも始めた」と、まるで人事のように無表情で淡々と語っており、最初からシントイアを育てる気がなかった。

ジョージナはシントイアを妊娠中、不良少年少女たちの溜まり場となっていた、臨時教師をしていた黒人女性エレネットの家庭に入り浸っていた。

エレネットは面倒見がかったため、ジョージナはその親切心につけ入り、シントイアが6ヶ月の時、「お願いだから数日間、面倒を見て欲しい」と無理やりシントイアをエレネットのもとに預けた。

その後、数日は数週、数ヶ月と延び、その間ジョージナは好き放題し、薬物、売春等で逮捕され、服役することになり、児童相談所がシントイアを引き取ることになってしまったが、シントイアに対して深く愛情を持っていたエレネットは「自分が養母になりたい」と申し出、紆余曲折を経て、何とか養子縁組することに成功した。

エレネットはシントイアに愛情を注ぎ、大切に育てたが、白人と黒人の血が混ざったシントイアは、「自分だけ違う。仲間外れだ」と常に感じていた。

ちなみにエレネットの夫は、黒人の軍人で暴力的な男であったが、海外に駐留することが多かった為、シントイアも日常的な暴力は受けず、比較的安定した暮らしを送っていた。

その後、実母のジョージナは繰り返し刑務所に入ることになり、ジョージナは刑務所に入るたびに、エレネットに手紙を送った。

手紙の内容は「シントイアのことを知りたい」「シントイアに会いたい」というものだったが、エレネットはジョージナにシントイアの近況を知らせはしたものの、シントイアにジョージナの手紙を渡すことはしなかった。

なぜなら、ジョージナは出所するとすぐにドラッグに手を出し、シントイアの事など忘れてしまうからであり、実際、服役する度に「シントイアに会いたい。出たら絶対に会いに行く」と言いながらも、出所後は連絡がとれなくなってしまい、シントイアを傷つけてしまうと判断したためであった。

しかし、手紙を捨てる事は出来ず、取って置いたエレネットだったが、シントイアが10歳の時、このとって置いた手紙をシントイアが偶然見つけてしまい、大きなショックを受けてしまう。

実母が会いたいと言っているのに、養母は会わせてくれない、酷い養母だとシントイアはエレネットの事を思い、この頃からエレネットは荒れ始めた。

飲酒・喫煙・薬物に溺れる「非行少女」としての不遇の生活

シントイアは12歳で友人の母親の宝石類を盗み補導された。

このとき既に、飲酒に喫煙、マリファナを吸うのは当たり前で、鑑別所に送られるがそこでも荒れ、生徒や教師に暴力をふるった。

そうしてエレネットは、精神科医の診断のもと、精神安定剤を服用させられるようになった。

15歳で鑑別所を出た後、エレネットが離婚したことを知り、「アタシに何も言わなかった。本当に何も教えてくれない。本当の家族じゃないから離婚したんでしょ」と、精神的に追い打ちをかけられたかのようにして家出した。

繰り返される「ドラッグ」と「強姦」の日々

ナッシュビルに移動したシントイアは、不良少年少女の溜まり場となっていた家に入り浸り、酒、ドラッグ、性交を繰り返すという、怠惰な日々を始めた。

ドラッグを売ることもあり、その都度、強姦も頻繁にされるようになった。

そんなシントイアはいつの間にか泣きたい時、逆に大笑いするようになっていた。

この頃、シントイアは24歳のカット・スロートと出会い、2人はモーテルを転々としながら、ドラッグをキメては性交するという毎日を送るようになった。

もちろん収入などあるはずもなく、無一文になると、カットはシントイアに売春して金を稼ぐよう命令した。

こうして、シントイアは1回250ドル (約2万5000円) で男たちに身体を売るようになった。

事件の経緯

買春男を背後から射殺

2004年8月5日午後11時、カットはいつものように「金を持ってこい」と命じ、シントイアをモーテルから追い出した。

シントイアは売春婦が集まる地区に行く為に、ヒッチハイクしようとドライバーが沢山集まる最寄のソニック・フードインまで歩いて行った。

そこで、43歳の白人男性から「やるのか?」と聞かれたので、「200ドルで」と答えたところ、「150ドルでどうだ」と値切られたが、面倒になったシントイアはこれに合意した。

その43歳の男性はジョニー・アレンと名乗り、ジョニーの車に乗り、チキンやフライドポテトなどの夕食を買ってもらった。

シントイアは、モーテルに入りたいと希望したが、ジョニーは「家には誰もいないから」と言い、2人はジョニーの自宅へと向かった。

このとき、ジョニーは離婚しており、一人で一軒家に住んでいたが、家の中は家庭的な雰囲気が残されていたという。

しかし、その雰囲気にそぐわず、室内にはショットガンやライフルなどが無造作に置かれており、シントイアは身の危険を感じた。

シントイアはジョニーから何度もベッドに誘われたが、夕食を食べているからと断り続け、「まず仮眠させて」とベッドに入ったところ、ジョニーが不審な動きをした為、咄嗟に護身用に持っていたピストルを取り出し、ジョニーの後頭部を至近距離から撃って射殺した。

逃走劇…は始まらず、自ら通報し逮捕へ

シントイアは逃走用にとジョニーの銃に銃弾を詰め込んで持ち出し、午前2時にジョニーの家を出てモーテルに戻った。

しかし、カットが銃を持ち帰ったシントイアに対し「そんなもん持ってくるな」と激怒したため、シントイアは仕方なく、少し離れた駐車場に銃を捨てた。

翌日、シントイアはニュースを見ながらドラッグをキメた後、顔見知りの男の家に行き、客だったジョニーを撃ったことを告げ、逃走を手伝ってくれたら、盗んだ5万ドルの半分をあげると持ちかけた。

そして、ニュースでジョニーの事がさっぱり伝えられないことにしびれをきらしたシントイアは、自ら進んでジョニーの電話を使い警察に「殺人事件発生」と通報した。

しかし、捜査をするまでもなく、逃走の手伝い話を持ちかけられた顔見知りの男性が警察に通報し、シントイアはあっけなく逮捕されてしまった。

逮捕後の報道と裁判、その後…

報道された「天使の顔」と「悪魔の心」

シントイアの逮捕は、「天使のような」と称された顔写真付きで『16歳の可哀想な殺人鬼』として報道された。

しかし、その壮絶な生い立ちから、シントイアには多くの同情が集まり、シントイアの裁判を追ったドキュメンタリー作品が制作されるほどであった。

作品はシントイアにとても同情的に作られていた一方で、所々シントイアの発言はそのまま放送されていた。

シントイアは作品中で「ジョニーは払った金に見合うセックスが欲しかっただけよ。いや、違うわね。彼は『強く欲求して女性とメイクラブしたい』って言ってたわ。ばっかみたい」と白目をむきながら語ったり、被害者の遺族の気持ちについて聞かれると、「裁判では私のこと嫌いだって言ってたわ。でも、ジョニーは教会の日曜学校の先生をしていたくせに、私が16歳だって知りながらセックスしたいって繰り返しせがんだのよ。どういうことなのよ」と顔をしかめて言い捨てるなど、被害者に対する反省の気持ちがないことがみてとれたため、批判的な意見も数多く寄せられた。

また、作品でシントイアはこれまで36人の男性と性的交渉をしたと告白しており、「3人は親族、5人は女性、12人とは何かと交換する条件で性交渉をし、21人とは義務感をもって行い、22人とはほとんど面識がなかった」と明かした。

また、11人は法定強姦 (性的同意年齢未満の子供に対する性行為) ではなかったが、シントイアが関係を持ちたいと思ったのは4人だけで、避妊したのはたったの9人だったと淡々と明かした。

シントイアは、このときも「4人は売春相手だった」とニヤケながら語るなど、ふてぶてしさを見せ、何事も計算づくの人間なのではないかという意見も出た。(事実として、彼女のIQは127と非常に高く、いわゆる「ギフテッド教育」を受けるほどであった。)

これらの発言から、結局、「ジョニーを殺しても未成年だから数年で外に出られるだろう」と、シントイアが踏んでいたのではないかと言われた。

また、「身の危険を感じたから撃った」と主張した一方、別の発言では「彼のことを処刑した」という表現もしており、自分のことを食い物にする男という存在に苛立ち、撃ったのだろうという説を唱える人もいた。 仮にこれが事実なら、その点に関しては過去に記事にしたアイリーン・ウォーノスと似ている。

さらに、ジョニーの遺体写真を見ると、横を向き、両手は顎の近くにあり、寝ている所を撃たれたように見えなくもなかった。

この殺害時の状況は、シントイアの証言に基づいているため、ジョニーが本当に「不審な動き」を見せたのかどうかについては検証できていない点を補足しておく。

少年法で裁くか、成年同様に裁くか

2004年11月2日、シントイアの裁判はテキサス州で行われ、シントイアは未成年として少年法で裁くのか、成人として裁くのか注目を集めた。

ちなみに、このテキサス州の裁判所は「全米で最も厳しく裁かれる」ことで有名であり、また、テキサス州は数少ない死刑存置州で、全米の死刑の約6割がテキサス州で行われている。閑話休題。

テキサス州の少年法制で裁かれた場合、シントイアは青少年短期収容所に送られ、19歳で出所することになる可能性が高い。しかし、成人同様として裁かれた場合、長期間刑務所に入ることになることが予想された 。

そのため、成人同様として裁かれた場合、第一級殺人罪に問われることになるシントイアは、死刑とまではいかないものの、終身刑になる可能性は十分にあった。なお、テキサス州の法律では終身刑の場合、51年間は仮釈放も認められない。

裁判や精神病院での様子

ジョニー殺害の理由を「怖くなって撃った」と発言したシントイアに対し、検察官は裁判において、「被害者の家に行き、食事をし、トイレを使い、ソファーに座りテレビを見たり、被害者のベッドで短い睡眠をとるという行為もしているのに、緊張していた、被害者のことがとても怖かったというのは変じゃないですか」と指摘した。

シントイアは表情を変えず、「寝てはないわよ」と言い返し、「彼はいきなりアタシの足を掴んだのよ。怖い顔だったからゾッとした。次の瞬間、彼はアタシに背を向けてベッドサイドテーブルに手を伸ばしたの。ピストルを取るんだ、アタシ殺されちゃうって思ったわ。だから、銃で彼を撃ったのよ」と、顔色一つ変えずに述べた。

また、逮捕後、精神鑑定を受けるために移送された精神病院では、気に食わない看護師に向かって、「私は男の頭を後ろから撃ったんだよ。アンタみたいなビッチの後頭部には3発撃ちこんでやる。アンタの血が壁にバチャバチャと飛び散るのを、ぜひとも見てみたいもんだわ」と叫んだこともあり、事実として恐ろしい一面も持っていた。

さらに、高いIQから意図して偽証しているのではないかとも疑われた。

シントイアはジョニー殺害後、銃を持ち帰った理由を「手ぶらで帰ったらカットに怒られると思ったから」と答えているが、純粋に銃を持ち帰りたかっただけだと指摘されている。

また、シントイアはジョニー殺害を自ら進んで通報したことについて、「ジョニーが死んだまま放置されているってことが嫌だった」としているが、警察が最初の捜査で、どこまで突き止められるのか知りたかった、または自分の殺人を世間に知らしめたかったのではないかという指摘もあった。

こうして、全米が注目した裁判に世論は大きく分かれたが、裁判官は「成人同様に裁く」と決定した。

2006年、シントイアは未成年であるにも関わらず、第一級殺人で有罪となり、終身刑という厳しい判決を言い渡されることとなった。

高いIQと精神疾患

裁判でシントイアの精神鑑定をした心理学者は、シントイアの母方に精神疾患者が多いことを指摘した。

双極性障害、パーソナリティ障害、自殺願望の強い躁鬱病が多く、曾祖父と大伯母は銃で自殺しており、大叔母も繰り返し自殺未遂をしていた。

シントイアの母ジョージナは、小学校2年生の時、目の前で母親が銃で自殺未遂するのを見ており、ジョージナ自身も何度か自殺未遂をしていた。

ジョージナの腕には「自殺」というタトゥーを入れているほど、死にたいという願望が強かった。

また、ジョージナは裁判で「私を傷つけた人たち、レイプした奴らを殺してやろうといつも思ってるわ」とも証言しており、シントイアも、母方の精神疾患の血を濃く引き継いでおり、遺伝的な面から、犯行に走ってしまった可能性もあるとした。

シントイアは逮捕時、境界性パーソナリティ障害である可能性が高いと診断されているが、IQは127と非常に高いことも判明している。

実はシントイアは、学校の成績はとても優秀で、優れた才能を持つ子供だけを対象とした『ギフテッド教育』を受けていた。

7年生 (日本でいうところの中学1年生) の時に、高校生たちと一緒に大学進学に必要なACTの試験も受けているほどの才女だった。

ちなみにACTというのは「Scholastic Assessment Test」の略で、主に言語能力(英語力)と数学的思考力に関するテストであり、日本でいうところの、英語と数学のみに限定したセンター試験(旧共通一次試験)です。

これだけ頭のよいシントイアが道を外れた理由について、シントイア自身は「養女として育ったことにある」と主張している。

前知事・セレブの声明で、一転、恩赦へ

2017年、米「AP通信」は、「セレブたちが、終身刑で服役中であるテネシー州の女性を解放する戦いを再燃させた。この女性は性的目的の人身売買被害者で、男性を銃殺した罪で刑務所にいたが、実際は法制度により不当な扱いを受けたとされていた」とし、「2004年に16歳だったブラウンは終身刑で67歳まで仮釈放の権利もない」と報じた。

記事ではさらに、「米歌手のリアーナやスヌープ・ドッグ、米モデルのキム・カーダシアン、NBA選手のレブロン・ジェームズといった人たちが、ソーシャル・メディアで彼女を支持する活動に加わった」と続けた。

実際に、リアーナは当時、自身のインスタグラムに「ここへ至るまでに、どうにかして『正当性』の定義を変えることはできなかったの??」と投稿し、180万回の「いいね」を獲得していた。

また、米TV「CBSニュース」は、ブラウンに恩赦を与えた前知事の声明を掲載した。

それによれば、「ブラウンは16歳の時に恐ろしい犯罪を犯してしまったと自ら認めている。だが、未成年者に、少なくとも仮釈放の権利を得るまで51年間は保釈されないという終身刑を課すというのはあまりに厳しすぎる。ブラウンが考えられないようなやり方で人生を再構築していることも鑑みると、特にそう感じる」というものであった。

このとき、ブラウンは、もし保釈された際に社会復帰できるよう刑務所の中で勉強に励んでおり、間もなく学士を獲得できるところまで来ていた。

そして2019年1月、州知事が恩赦を与えることを決定し、同年8月7日、シントイアは仮釈放された。

ただ、仮釈放期間は10年で、その間は当局の承認した釈放計画に従い、就業か就学、定期的なカウンセリング、少なくとも50時間の社会奉仕活動が義務付けられている。