恵庭OL殺人事件

冤罪の可能性が叫ばれる物証なき殺人事件

2000年3月、北海道恵庭(えにわ)市の農道で、千歳市の日本通運に務めるOL(24歳)の焼死体が見つかった。

4月、彼女の同僚・大越美奈子(当時29歳)が逮捕された。恋人を取られたのが、その動機とされるが、一方で冤罪が叫ばれている側面もある。

事件の経緯と動機

2000年3月17日午前8時20分頃、北海道恵庭市郊外の人気のない農道で、幼稚園の送迎バス運転手が、走行中に路肩に黒っぽいものがあるのを見つけた。運転手は近くの主婦に確認を依頼し、主婦が車で現場を見に行くと、それは人間の焼死体であることがわかった。

まもなく遺体は前夜に同僚と退社したまま行方がわからなくなっていた千歳市の「日本通運札幌東支店キリンビール事業所」に勤務するOL・K子さん(24歳)のものとわかった。K子さんの家族はこの日の午後1時頃に捜索願が出されており、午後3時頃に勤務先の女子更衣室ロッカーから彼女の携帯電話が見つかった。

遺体はタオルのようなもので目隠しされており、後ろ手に縛られていた。完全に炭化しており、肋骨が浮き上がって、全身が骨と炭の状態だった。左足は少し開いて膝が立っており、右足も開いて膝から内側に曲がるなど、開脚状態だった。死因は頚部圧迫による窒息死。絞殺後に灯油をかけられたものと見られる。

またK子さんが通勤に利用していた車は、18日午後8時19分に会社のすぐ近くにあるJR長都(おさつ)駅南の駐車場脇道路に停められているのが見つかった。

4月に入って、道警はK子さんと同僚である早来町の大越美奈子(当時29歳)を任意聴取。彼女が浮上したのは、同僚の証言から、K子さんと同僚の男性との間の三角関係が明らかにされたからだった。

大腰に対する任意聴取が始った2日目の4月15日午後4時20分頃、勇払郡早来町の「町民の森」内の道路で、K子さんのバッグが焼かれた状態で見つかった。発見者は「ドングリの会」という自然観察の組織の会員で、大越もこの会員であった。この森は「ドングリの会」のイベントが定期的に行なわれる所だった。発見者はこの時、単なるゴミだと思い、すぐには通報しなかったが、会の代表が話を聞いて現場を見に行き、車の鍵があるのを不審に思って警察に届けたのだという。

前日16日にK子さんと一緒に会社を出たこと、別れた恋人をめぐってK子さんに嫌がらせのメールを送りつづけていたこと、午後11時頃のアリバイがないことである。さらに事件直前の夜に大量の灯油(10l)を購入していたことが決め手となり、5月23日、殺人・死体損壊・死体遺棄の疑いで逮捕された。

大越宅の家宅捜索ではK子さんの携帯電話の番号が書かれたメモ、車のグローブボックスからはK子さんのロッカーの鍵が見つかった。

恋人と同僚

大越は高校卒業後、木材会社、建設会社、地元の役場で臨時職員として働き、98年初め頃から日通にアルバイトとして働き始めた。

日本通運の営業所は10人前後のこじんまりした事務所だった。大越は同じ工場構内課で働く同い年のIさん(当時29歳)という恋人がいて、採用された年の5月から2年近く付き合っていたが、職場では知られていなかった。

1999年9月、人事異動でK子さんが工場構内課に移って来た。

K子さんは短大卒業後、自動車販売会社やホテルで働き、1998年11月にアルバイトで同社に採用された。とは言え、当初配属されたのは大越やIさんとは別の建物内の自動車営業課だった。

事件の1ヶ月前の2月頃、Iさんは歓送迎会の二次会で隣りに座ったK子さんに好意を持つようになり、その一週間後、大越に「別れたい」と切り出した。大越はこの時、泣きながら「もう少し考えて」というようなことを言ったという。

この頃から落ちこんだ様子を見せるようになり、仕事でのミスも目立った。「ちょうど(契約社員としての)契約も切れるから辞めようかな」「どうせみんなから煙たがられるから」などと同僚に洩らした。

3月4日夜、週末であったため、IさんはK子さんをドライブに誘って、明け方まで室蘭方面に行った。

その週明け、大越は2人のことに感付いた。職場でのIさんの話し方が違うように感じたのである。大越は以前交際していた男性Xさん(既婚)にそのことを相談する電話をかけている。それによると、大越は偶然K子さんの手帳を見て、Iさんとの交際をうかがわせるような記述を見つけたのだという。

3月8日、大越は自家用車の日産マーチで、Iさんの車を尾行し、K子さんの実家の牧場に入っていくのを確認し、ショックを受けた。大越はまたXさんに電話をかけたが、激しく動揺していたという。この後、千歳市内のコンビニエンスストア前に停めた車の中でIさんと話す機会があったが、彼の気持ちは変わらず、翌日Xさんに「やっぱりダメみたい」と泣いて電話をかけている。

3月11日深夜。この日は友人と会っていた大越だったが、その後1人でドライブしたいと考え、千歳方面に向かった。この途中、JR千歳線長都駅のパーキングで、Iさんの車とK子さんの車が並んで停まっているのを見つけた。大越は一旦走り去り、再びこの駅に戻ってきたが、この時には車は消えていた。後のIさんの証言によると、2人は確かのこの日会っていたのだという。まさにこの時、IさんはK子さんに交際を求めていたというのだ。K子さんも「私で良かったら」と答えていたという。

一方大越はその直後(午前4時頃)、K子さんの携帯電話に無言電話をかけた。無言電話の回数は事件当日まで続き、それは4日間で実に230回にも及ぶ。K子さんも、これは大越によるものと気づいており、別の同僚の女性に携帯電話で、「大越さんのことで困っている」という内容のメールを送っている。

3月15日、仕事が終わって、地元の喫茶店で友人と話した後、自宅には戻らず、千歳方面に向かった。

翌朝午前10時過ぎ、大越は千歳市末広のコンビニエンスストア「セイコーマートふくみや」で灯油9.5Lを購入。

これは以前家族で住んでいた社宅を片付けるように母親から言われていたのを思い出し、社宅のストーブの灯油が切れているかもしれないと思って購入したのだという。ポリタンクは助手席に置いておいたが、その時蓋がゆるくなっていて漏れた。

事件当日の午後9時半頃、2人は揃って退社。普段は一緒に帰ることなどなかった。勤務中、業務に追われていた大越は、通常通りの勤務であったK子さんに「私を置いて行かないでね」と声をかけている。K子さんは午後8時半頃に自宅に電話をかけ、「遅くなるけど、何か食べる物ある?」と尋ね、午後10時から放映されるTVドラマ「ブランド」の録画を頼んでいた。これが家族との最後の会話となった。

冤罪の可能性あり

大越は6月13日に殺人容疑で起訴され、10月27日に札幌地裁において第一回公判が始まった。

法廷での大越は、泣きじゃくるなど、小柄でひ弱で殺人などが出来そうにない女性に見えた。主任弁護人によれば、取り調べでのPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状が見られるという。

やがて地元を中心に冤罪の声が高まる。

そもそも、確かな「物証がない」のである。

K子さんは車で現場まで運ばれたことは間違いないが、大越の車内からはK子さんの毛髪は発見されておらず、遺体発見現場でも、大越の靴跡やタイヤ痕は見つかっていない。

大越のアリバイについても、午後11時までに大越がK子さんを窒息死させ、恵庭市内で灯油をかけて焼いたという主張だが、時間的に無理がある、というもの。警察によると、「職場でアリバイがはっきりしないのは大越ただ1人」ということになっていたが、他にも数名アリバイがない人物がいたことが公判開始後に判明した。

前述したように午後9時半にK子さんと会社を出た。これは同僚の証言により、確かである。

大越によると、その後2人はその向いの道路上でそれぞれの車の方へと別れた。会社前から車で7分ほどのところにある書店「ビブロス恵庭店」に立ち寄り、午後11時頃まで時間をつぶした。ただし、この店は防犯カメラもついておらず、ここで彼女の姿を見たという証言者はいない。「ビブロス」は大越の自宅のある早来町とは会社を挟んで逆方面にあり、これが不審に思われることもあった。

11時過ぎに書店をでた大越は近くのガソリンスタンド「ガソリンキング」で給油。販売記録によると午後11時36分のことである。

またK子さんは身長160cm体重60kgだったのに対して、大越は147cm・47kgとかなり小柄だ。その体格差は2人が並んで写っている写真を見ても一目瞭然である。さらにK子さんはスポーツが得意で、身体能力も高い。それに比べて大越は運動経験はほとんどない。大越が激しい抵抗も受けずに彼女を殺害して、遺棄現場まで遺体を運ぶということはどうも想像しにくいところがあるのである。

さらに遺体の状況は、手足が消失していた。わずか9Lほどの灯油でここまで焼けるのか。これは弁護側の請求で、豚を使った燃焼実験が行なわれたが、結果は「生焼け」状態だった。

また4月15日に「町民の森」でK子さんのバッグが見つかったが、14日の大越宅の家宅捜索が行なわれる前に、土地鑑のあるこの場所に捨てたと見られた。だが、わざわざ自分が疑われるような場所に乱暴に捨てるだろうか。定期的に自然観察が行なわれることは、何より大越がよく知っていたのではないだろうか。

では大越が犯人でないとすれば、誰がK子さんを殺害したのか。

K子さんは足がやや開いた状態で燃えていた。さらにタオルで目隠しすらされていた。こうしたことから思い浮かぶのは、怨恨殺人ではなく、性犯罪。男、しかもおそらく数人に車で連れ去られ、レイプされたうえ殺害された可能性もある。そうだとすれば、通勤用の車はいつもと同じ長都駅前にあったので、退社して車に乗る間に襲われたことになる。恵庭市の事件現場では16日午後11時頃に炎が燃えるのを近くの人が目撃している。その近くには不審な車が2台(軽とワンボックス)があったという。

2003年3月26日、札幌地裁、大越に懲役16年を言い渡した。

2005年9月29日、札幌高裁、控訴棄却。大越は言い渡しの瞬間よろめき、刑務官2人に両脇を抱え上げられながら上告手続きの説明を聞いた。閉廷後は泣きじゃくっていたという。

2006年9月25日、最高裁・島田仁郎裁判長は上告を棄却。

2018年3月に再審請求が棄却され、8月に即時抗告をしたが、弁護団からの補充書などを待たずに札幌高裁が棄却。

2018年9月3日、大越は無実を訴え会見を開いた。

会見で大越は次のように述べた。

「私は罪に問われているような殺人も死体損壊も行っていない。裁判の中で無実を訴えても聞く耳をもってもらえない。真実を見抜いて無実の叫びを受け止めてくれる裁判官が必ずどこかにいると信じている」

大越と弁護団は同日、最高裁に特別抗告した。