福岡・僧侶による女性殺害事件

福岡県大野城市にある「金峯山修験本院五王山普門院」に相談に来ていた女性A子さんが同寺の僧侶に関係を迫られ、その6年後にA子に結婚を迫られ殺害するという事件が起こった。逮捕されたのはH(当時53歳 法名・博順)だった。

寺では「祈とうをする山伏の寺」として、新聞折り込みでチラシを配って宣伝、信者は100人以上いたという。

事件の経緯と詳細

Hについて

大分県別府市の寺に生まれる。市内の中学卒業後、塗装工やトラック運転手など職を転々とした後、1948年に窃盗で逮捕され、50年には覚せい剤取締法違反、68年には暴行事件で警察に捕まっている。その後、家族のすすめにより金峯山に入信。以後、心を入れ替えたのか熱心に厳しい修行を続け、事件の前年には僧のランクでは上から8番目の「大僧都(だいそうず)」の地位まで与えられていた。

犯罪

Hのいた福岡県大野城市の「金峯山修験本院五王山普門院」は、奈良県の金峯山を総本山とする末寺(※)で、法事や葬式などは行わず、水子供養や悪魔祓いといった加持祈祷を専門とする寺だった。Hは様々な悩める人々の相談し、救済するという立場の人間だったのである。

末寺は、本山・本寺の支配下にある寺のこと!

1982年頃、普門院にひとりの女性が相談に現れた。この女性はA子さん(当時24歳)と言って、相談の内容は姉の病気のことではないかと言われている。そのA子さんの相談に対してHは、

「あなたは24歳だから、私と24回関係を持てば悪霊は払われる」

と関係を迫った。

さすがにA子さんは当初拒んでいたが、やがてこの僧の言いなりになってしまう。当時、Hには妻子があったが、妻がA子さんとの関係に気づいたことから83年に離婚している。

Hの離婚後、A子さんはHに結婚を迫るようになっていた。だが、Hははぐらかし、結婚しようとも別れようとも言わなかった。Hは彼女のことをただのセックスフレンド程度にしか思っていなかったのである。

事件の1年前くらいから、A子さんは「ただ遊ばれているだけで、結婚してくれる気がないのでは」とHを疑い始める。以後、二人の間で口論は絶えなかったという。

 1988年1月28日、普門院に訪れたA子さんは例によってHと言い争いになった。
「結婚する気がないのなら、関係をマスコミにバラす。総本山にもブチまけてやる」

A子さんの言葉に、Hは「それだけは止めてくれ」となんとかなだめ、A子さんを車で家まで送っていった。しかし、車はまっすぐA子さん宅に向かわずに市内をグルグルまわっていた。そのうち再び口論になり、興奮したA子さんは「もう新聞社や総本山に話をしてある」と言ってしまう。それを聞いて逆上したHはマフラーでA子さんの首をしめて殺害した。午後11時過ぎである。遺体は河川敷にゴミのように捨て、車は喫茶店の駐車場に放置した。

翌29日午前8時頃、A子さんの遺体が発見され通報された。

逮捕後

まもなく逮捕されたHは当初、犯行を否定していたが、以前からA子さんが警察に「祈祷師にだまされている」と話していたことや、家族の証言などにより、自白せざるを得なくなった。

また、逮捕当日には総本山である金峯山寺では役員会が開かれ、普門院の末寺抹消とHに対する僧籍剥奪が決定された。