茨城・五霞町女子高生殺害事件

2020年08月

夏祭りでの目撃情報を最後に行方不明に。懸命な捜査も、手掛かりはつかめず。

2003年7月9日、茨城県五霞(ごか)町川妻の町道脇の側溝で、都立上野高通信制普通科1年の佐藤麻衣さん(当時15歳)が他殺体となって発見された。

麻衣さんは事件当日、埼玉県草加市の瀬崎浅間神社の夏祭り会場で、赤い服の女性と会話しているところを目撃されたのを最後に、行方が分からなくなっていた。

また、遺体発見後も、持っていたバッグや携帯電話、買い物袋や腕時計なども発見されていない。

報奨金対象の事件として捜査されるも、有力な手がかりは集まっておらず、2020年7月現在も未解決事件となっている。

事件の経緯と詳細

2003年7月9日、東京都足立区西竹ノ塚に住む、都立高校の通信制普通科1年生の佐藤麻衣さん(当時15歳)が茨城県五霞町川妻の道端でうつぶせに倒れて死んでいるのを散歩中の住民が発見した。

死因は首を紐のようなもので絞められたことによる窒息死だった。現場は利根川右岸の堤防沿いで、堤防はジョギングコースとなっていた。

遺体発見時、麻衣さんは上下とも黒いスポーツウエアタイプの服を着用し、靴は履いていなかった。白い靴下が汚れていないことから、室内などの別の場所で殺され、車で運ばれ捨てられたとみられる。

鞄代わりに使っていた袋の中に携帯電話や財布等を入れていたが、この袋もこれまで発見されていない。(駅のコインロッカーなども調べられたが、残念ながら、発見には至らなかった)

首には絞めた跡の他に、喉元付近に強い打撃あるいは圧迫を受けたようなアザがあり、胸を素手で殴られたような跡もあった。

麻衣さんの生存が確認されているのは遺体発見の3日前の6日。この日はアルバイトは休みだった。

母親と兄は宮城県にある母親の実家に帰省して不在だったが、麻衣さんも後から合流する予定で、自宅には代わりに父親が来ていた。

この日は昼過ぎになると父親に「午後8時過ぎには帰る」と言って外出した。

このあとバイト先の同僚女性(当時20歳)と草加市内で昼食後、東武伊勢崎線の草加駅から北へ行った場所にある新越谷駅で降り、駅近くの洋服屋で洋服を購入(所持品の赤いビニール袋がこれに該当する)。

食事などをした後、午後6時ごろに東武伊勢崎線の新越谷駅から東京方面に向かう上り電車に乗った。同僚は2つ目の新田駅で先に降りた。このとき麻衣さんは「これから友達と会う」と話していたという。

その後麻衣さんは谷塚駅で降り、駅東側約200メートルの場所にある草加市瀬崎町の浅間神社で開かれていた夜祭りの会場を訪れた。

麻衣さんは午後6時半ごろから、複数の友人らに携帯電話で祭りに来ていることを連絡している。

しかし会う約束をしていた中学校の同級生は都合が悪くなり祭りに来ることが出来なくなったとみられ、麻衣さんは会場に1人でいた。代わりに一緒に祭りを楽しむ友達を探して「友人がいけなくなったので、祭りに一緒に行こう」と、携帯電話で複数の友人に電話していた。

また、午後7時ごろに電話をかけた友人には、近況について話し込んでおり、友人と会えず時間を持て余した様子であったという。

その直後から7時半ごろにかけ、祭りの会場の神社を歩いていたという目撃情報が複数されており、その中には「赤い服の女性と会話していた」という情報もあった。(目撃者は、佐藤さんが170cmと高身長だったことや、上下とも黒のスポーツウェアで目立っていたことから覚えていたらしい。)

これは、会場で出店していたかき氷店のアルバイト女性(当時17歳)と意気投合し、午後8時ごろからこの店の客引きを手伝っていたことを示していた。

麻衣さんが「祭りは何時までやっているの」と女性に尋ねたところ、女性が隣の露店の人に聞いて教えてくれたため、「やさしいおねえさんなので手伝ってあげる」と、自ら手伝いを申し出たという。

その後、9時ごろ、麻衣さんが店をあとにする際、店員は「お礼がしたい」と言ったが、麻衣さんは断り「機会があればまた手伝うから連絡ちょうだいね」と言って別れた。

直後に谷塚駅前のコンビニ前で階段に腰をかけ、飲み物を飲みながら人を待っているように座り込んでいたのを最後に消息を絶った。 午後10時ごろから携帯電話に反応しなくなったという。

麻衣さんはマンションで母親(当時52歳)と兄(当時16歳)の3人暮らしだった。自宅には別居しており、大阪府に住んでいるヨルダン国籍の父親(当時38歳)も時々訪れていた。

また、麻衣さんは通信制高校入学後、5月中旬から埼玉県草加市の東武伊勢崎線の草加駅内にある洋服店で、週4~5日アルバイトをしていたという。勤務態度もまじめで、中学校の同級生は「明るくおしゃれでかわいい子」という印象を持っていたと話し、目鼻立ちのはっきりした美人で、身長も170cm近くあり、よく目に留まる存在だったという。

その後

2003年7月9日、茨城県警は捜査本部を設置。

2003年8月8日、堺署捜査本部が、佐藤さんの着衣などを公開。

2007年7月2日、警視庁の特別報奨金制度の対象となる。(上限300万円)

2008年6月19日、最後に麻衣さんが目撃された場所に近い埼玉県草加市の東武伊勢崎線谷塚駅前で、情報提供を求めるビラを配った。また、7月6日、夏祭りの会場付近でも同様にビラの配布を行っている。

しかし、この時点で集まった目撃情報はわずか14件で、容疑者に結び付く情報は得られなかった。

その後も2010年8月までに、捜査本部には、それまで総計73件の情報が寄せられたが、2009年7月12日を最後に情報が途絶え、犯人逮捕につながる有力な手掛かりはなく、露店の手伝いをしたという情報を最後に、足取りを掴めていない状況だった。(報奨金制度は延長となった)

2010年も佐藤さんが着ていた黒色のスポーツウエア上下の図柄が入ったうちわ2000枚を作成、神社周辺で遺族や捜査関係者らが配り、情報提供を呼びかけた。また、期限を迎える有力情報提供者への謝礼金制度(300万円)も1年間再延長された。

2010年、時効撤廃。

2013年7月6日、浅間神社周辺でのビラ配りを実施。

2018年6月30日、県警は浅間神社周辺で情報提供の呼びかけを行った。

県警は15年間で延べ1万7000人の捜査員を動員。事件の情報は総計91件寄せられたが、件数は年々減っていると話した。

2020年7月現在、いまだに未解決事件となっている。