元力士極道一家4人殺害事件(大牟田4人殺害事件)

2020年07月

家族全員で被害者の財産強奪と殺人を計画、連鎖するように4人を殺害

2004年9月16日、9月18日両日に福岡県大牟田市で発生した連続殺人事件。

暴力団組長一家4人が知人の闇金融業者一家3人とその被害者一家の友人1人の計4人を相次いで殺害し、市内を流れる川にそれぞれ遺体を遺棄した強盗殺人・殺人・死体遺棄事件である。

犯行の経緯と動機

母親・北村真美(47歳)は1994年頃、闇金融業を営んでいた被害者女性A(58歳)と知り合い家族ぐるみで付き合うようになった。

被害者Aは利子を通常より高い利率で、事件の10年以上前から知人に金を貸しており、借金額が膨らんで借り手に返済の見通しが立たなくなったり返済期限が守られなかったりした場合は、真美ら若者グループが取り立てを代行していた。

回収に成功した場合、Aは真美らに対し、一定の手数料を支払っていたが、手数料に満足しなかった真美らは複数の借りてから回収した数万円から十数万円の金を着服しており、そのことを知られて2004年9月上旬にはAと口論になっていた。

真美は当初はAよりも強い立場でAの借金の取り立ても手伝っていたが、Aから30万円を借金して以降は一転して見下される立場となっており、事件前は組長の夫に収入がなく、生活費に加え暴力関係者への借金返済・上納金のため、多額の現金を必要としていた。

また当時は建設会社を経営していたが、その会社も自転車操業状態で、収入はほとんどなく、2004年9月時点で夫婦の借金は約6600万円以上になり、夫が小遣い欲しさに窃盗未遂を起こしたこともあった。

また、2004年6月下旬に真美はA宅の改装工事を請け負ったが、Aは「借金やその利息と相殺するから」と工事代金を真美に支払おうとせず、Aの態度に怒りを募らせていた真美は2004年7月頃には「いつかうちで殺さなでけん」などと、口癖のように言っていた。

そして母・真美はAの「資本金1億円の金融会社を設立する」という話を夫・長男に伝えたほか、「Aを殺したい」という発言を聞いた夫・長男も同調し、敵意を強めるようになっていった。

家の借金の実情を打ち明けられると「Aを殺して金を奪おう」と提案し、皆も生活難・借金苦から脱することに加えてAへの怒りを解消することを目的に夫の意見に賛成し、A殺害計画を練り始めた。

夫婦は2人で「Aに嘘の土地購入話を持ちかけ現金2600万円を用意させた上で殺し、遺体は諏訪川に捨てる」など具体的な犯行計画を練ったほか、真美は長男・孝(25歳)に「Aを殺して金を奪い、折半しよう」と持ち掛け、次男・孝紘(21歳)を犯行に誘い入れた。これを聞いた孝紘は「自分が殺すので奪った金の6割が欲しい」と申し出たが、孝は「自分が殺す」と譲らなかった。

2004年9月15日、孝が「Aが土地購入代金として2,680万円を用意した」と確認したため、父・北村実男(62歳)は「翌16日にAの殺害を決行する」と指示し、次男も了承した。

長男は2004年9月16日夕方に被害者Aを車で誘い出し、大牟田市内の公園駐車場まで連れ出すと、車内で話をしながらカッターナイフでAを殺害する機会を窺ったが躊躇し、この時は殺害を実行できなかった。

その一方で真美は同日22時ごろ、車で近くまで来た長男・孝に「金は家にある」と伝えた。

一方で業を煮やした父親は母親がいた駐車場へ向かい、持ってきたアイスピックを母親に示した上で「俺が殺してやる」と言ったが、これに対し母・真美は「自分で殺す」と言い殺害予定場所の山に向かったもののそこでも殺害を躊躇した。その際、真美は離れて駐車していた長男から包丁を示され「俺が刺し殺す」と申し出られた際にも再び「自分で殺す」と言ったが踏ん切りがつかなかった。

2004年9月16日朝、母・真美と別れた長男・孝は自宅アパートに帰り、自宅にいた次男に「仕事をしているから子分(孝紘の力士時代の先輩)の見舞いをして待て」と言い、次男と次男のガールフレンドを病院まで乗用車で送り届けた。

これらが犯行の内情になる。そして、知人のAを絞め殺し、その後に帰宅したAの長男とたまたま居合わせただけのその友人を拳銃で撃つなどして殺し、三人の遺体を車ごと川に沈めた。

判決とその後

事件後、被害者Aの母親(B・C兄弟の祖母)が行方不明になった娘Aと2人の孫(B・C)を案じて真美の下を訪ねた際、次男はAの母親を前にして落ち着かない様子だった。

2004年9月19日にはDの母親・Bのガールフレンドが大牟田署に「B・Dがいなくなった」と家出人捜索願を出したが、大牟田署は「事件性はない」と相手にしなかった。

一方で同日には父・実雄が次男と酷似した男と一緒に、遺体発見現場付近(馬沖橋)で諏訪川を見つめながらゆっくり歩く姿を近隣住民に目撃されていた。

2004年9月20日午前、行方不明となったD宅に男の声で「(Dの)命はない」と脅迫めいた電話がかかったが、これは「北村一家が事件に絡んでいる」と確信していた被害者Bの友人たちが、なかなか重い腰を上げない警察を動かそうと苦肉の策として仕掛けた自作自演の電話だった。

そして一家4人全員に強盗殺人の罪で死刑が求刑された。金銭トラブルが原因で連鎖的な殺人、死体遺棄に至ったと推測されているが、未だに真相は解明されていない。