新潟県・五頭連山親子雪山遭難事故

親子が登山に出掛けて遭難、24日後に遺体で発見された事故。初動ミスで県警が謝罪。

新潟県・五頭連山親子雪山遭難事故は、新潟の親子(37歳の父親と小学1年生の長男)が、2018年5月5日から新潟の五頭連山に登山に出掛けて遭難し、24日後に遺体で発見されたという事故。

警察が連絡のミスを認めて謝罪したことや、何より、知識を備えずに行う登山の危険性について広く知らしめた事故である。

事故の経緯と詳細

2018年5月5日、新潟市北区在住の会社員・渋谷甲哉さん(37)と長男で小学1年生の空さん(6)が新潟県の五頭(ごず)連山に入山。

親子は14時頃に出発し、登山を開始したのは14時半~15時頃だったと推定されており、松平山(標高954m)に向かう登山道で5日午後2時頃に、似た親子が目撃されていた。装備は軽装だったという。

その後、5日の夕方、渋谷さんの父に携帯電話で「道に迷ったのでビバーク(野宿)する」との連絡があり、6日朝には「これから下山する」と話したという。

連絡ミス

県警阿賀野署によると、駐在所員が6日午前に渋谷さんの父(73)から「遭難の可能性がある」と連絡を受けたが、夕方まで署に伝えず、県警は7日から市消防本部などとともに40~50人態勢で捜索を開始。目撃情報のあった登山道などを中心に捜索してきた。

県警阿賀野署はそれまで、渋谷さんの父が6日午後6時ごろに署を訪れて遭難届を出したと説明していた。しかし、実際は同日午前9時20分に、父が管内の駐在所を訪れ、駐在所員の60代男性巡査長に口頭で、5日に親子から道に迷った連絡を受けたと伝えていた。また、駐在所員は署に伝えず、自ら山のふもとにパトロールに行ったということが、9日に阿賀野市から署への情報提供で明らかになった。

県警は10日夜、記者会見を開き、「従来の説明より約9時間早く遭難の可能性を知らされていたが、署や県警本部に伝わっていなかった」として連絡ミスを認め、捜索の開始が遅れていたことを明らかにした。また、水沢晴夫・県警地域課長は「捜索を組織的に始めるべきだった。初動の遅れがあった」と謝罪した。

発見

29日午前11時20分ごろ、新潟県阿賀野市の五頭連山の沢で、県警のヘリコプターが男性とみられる2人の遺体を発見。午後2時35分ごろに遺体を収容し、この親子とみて身元を調査した。

遺体は2人が向かったとみられる松平山の山頂から約1.7キロ南西にある「コクラ沢」の斜面で、うつぶせに折り重なるようにして倒れていたという。また、遺体の身長はそれぞれ180センチと124センチで、服装も含め、渋谷さん親子と特徴が一致した。

無事の生還を祈る人たちの想いも虚しく、5月29日に遺体は二人のものであることが確認され、事態は最悪の結末を迎えることとなった。

残された問題点

二度とこのような悲しい事故を起こさないために、登山者への啓発や捜索態勢の強化等が今以上に求められると思うが、この事故の経緯を改めて見返してみると、捜索活動に問題があったのではないかと思われる点がいくつも出てくる。

初動で約9時間のタイムロスがあり、新潟県警が謝罪したことは既に前述の通りであるが、それ以上に、矛盾点や疑問を感じる点が散在している。

捜索場所の間違い

とりわけ、最も問題だと考えられるのは、初動から少なくとも約1週間近く、見当違いの場所を捜索している点だ。

遺体が発見された場所は、「五頭山」を起点とする「コクラ沢」(地図上の黄色で記した箇所)だったのだが、新潟県警は7日に「赤安山」、8日以降には「松平山西側や山頂付近の沢」(地図上の水色で囲った箇所)を捜索していた。そして、初動が遅れたことに加えて、この捜索場所の間違いによって、生存確率の高い期間を完全に浪費してしまっていたといえるだろう。

しかし、なぜ県警は捜索場所を間違ってしまったのか。

実は、渋谷さん親子が下りてしまったであろう「コクラ沢」については、プロでなくてもある程度の登山経験のある人なら、「地図を見る限りだと、周回コースを縦走する際にここが最も迷い込みやすいポイントの一つかもしれない」と簡単に推測できたという。

一般的には、下っている途中で大きな支尾根(稜線や主尾根から派生している別の尾根)に迷い込んで遭難するケースが多く、残雪で道が消えているとその可能性は高まる。そして、松平山から五頭山に至る途中で最も大きく間違いやすい形をしているのが、地図上で赤く囲った「東コクラ沢の東尾根」と「ハナノ木沢の東尾根」の2つであり、南側の「東コクラ沢の東尾根」を奥に進むと黄色く囲った遺体発見現場に辿り着く。

実際、山登り専門のSNSサイトを開けば、親子が入山した翌日5月6日に同じ周回コースを縦走した登山者が写真と日記をアップしており、松平山から五頭山に至る途中で迷いそうになったという情報を記載していた。そもそも、県警自身も遺体発見現場について「尾根を縦走する際に道を誤るとたどり着きやすい」と述べていた。

そうすると、なぜ県警は捜索開始当初から「東コクラ沢の東尾根」と「ハナノ木沢の東尾根」にターゲットを絞らなかったのか疑問が浮かぶが、捜索開始から約1週間は、渋谷さん親子が松平山から五頭山を縦走しているとは考えていなかった。

5月11日放送の「情報ライブ ミヤネ屋」(日本テレビ系)では甲哉さんの父・秀雄さんにインタビューをしており、そこで彼は6日朝の電話で、現在の居場所について「ナビ(GPS)見たら松平山と五頭山の間付近の手前のほうだ」と甲哉さんから伝えられたことを明かしている。つまり、地図上の紫色で記したコースを進んでいたことになる。

このような秀雄さんの証言を警察は現場で共有できていなかった。

現地で捜索に任意協力した方は、現場で捜索している人々が甲哉さんのGPSを根拠とした位置情報に関する発言があったのを知ったのは、上記の報道で初めて知ったと答えている。しかもその後も、捜索活動にあたっている人たち全員にこの情報がすぐ共有されたわけではなかったという。

つまり、赤安山と松平山西側や山頂付近の沢のような間違った場所を捜索し続けたのは、報道が出てからしばらくの間、甲哉さんの位置情報に関する発言をもとにした捜索が行われていなかったからだということになる。

父・秀雄さんがこの情報を警察に言わなかったのか、警察担当者が聞き漏らしたのか、その真相は明らかにされていないが、決定的な情報が不足したまま広い山中を捜索すれば、見つからないのも当然のことだろう。

放置された矛盾

仮に秀雄さんがこのGPSに関する情報を警察に言わなかったとしても、彼の証言にはいくつか矛盾があった。

たとえば、7日夜時点の報道によると、阿賀野署は「午後4時ごろ、渋谷(甲哉)さんから『道に迷ったのでビバークする』と父親(秀雄さん)に電話があった」と述べている。

しかし、5月5日の新潟県の日の入り時刻は18時38分であり、確かに夕暮れ間近に闇雲に動くことは大変危険な行為であるが、GPSを使えるのであれば、正規の登山道に復帰する時間はまだ十分あった。それにもかかわらず、迷ったまま、日の入りよりも2時間半も前にビバーク(野宿)を決断するにはやや早過ぎると考えられる。

加えて、先述のミヤネ屋の放送では、その電話の際に秀雄さんが「何が見えるか」を聞いたところ、甲哉さんは「近くに民家の灯が見える。その先に街の明かりが見える」と言っていたと話していたことが報じられており、5月の16時ではまだ明るい時間帯なので、民家の灯や街の明かりが見えるわけがないことは素人でも気づくだろう。実際、電話の時刻は誤りで、この電話があったのは20時頃と後日報道で訂正されていた。

さらに、翌日の5月6日7時22分頃の電話で、秀雄さんは「これから下山する」と聞いたとのことであったが、その日の新潟県の日の出時刻は4時43分。夜が明けてから2時間半以上経ってから行動を開始するのはかなり遅いと思われる。実際、この電話も時間が違っていたようで、本当は5時半頃だったと後に修正されいる。

警察はなぜこれらの矛盾点について早い段階で気が付き、解消出来なかったのだろうか。

もう一つの矛盾

さらに、当初の報道では、新潟県警阿賀野署は家族(おそらく秀雄さん)から赤安山に登山に行ったと届け出を受けており、これによって警察は捜索開始1日目を赤安山での捜索に費やしたのだと考えられる。しかし、後述のように松平山8合目での目撃情報によって、その情報が間違っていたと証明されている。

これだけならば「甲哉さんが秀雄さんに赤安山に行くと伝えたけれど、その後行き先を変えて松平山に向かったのだろう」と推測する可能性もあるが、ここにも矛盾がある。秀雄さんは「いつの間にか2人で遊びに出て行った。山に行ったとは誰も知らなかった」とも述べていたからだ。

遭難の際の2度にわたる電話で甲哉さんから「赤安山にいる」と伝えられたのなら分かるが、前述のように、居場所に関して甲哉さんは「松平山と五頭山の間」と述べており、赤安山と答えていたわけではなかった。しかしなぜ、秀雄さんが赤安山という名前をあげたのかは不明である。

2つの登山届

赤安山の登山ポストに渋谷さん親子の登山者カードが入っていたとの情報を受け、警察は「赤安山に行った」という秀雄さんの話を疑わなかったと考えられる。しかし、この登山届には「14時入山18時下山」と記してあったとのことで、これにも大きな疑問が残る。

朝10時頃に松平山や赤安山の登山口の約2キロ手前にあるコンビニでお昼ご飯を買い出ししているところが防犯カメラの映像で分かっており、この登山届が本物だとしたら、その後入山まで約4時間も何をしていたのだろうか。

さらに、登山届は松平山にも入ってた。2つの登山届があるという大変奇妙な状況である。両方本物だとは考え難く、どちらかは偽物の可能性が高いとみるのが普通だろう。

甲哉さんが赤安山に提出した後に、行先を変更して松平山にも再提出した可能性もあるが、松平山での目撃情報が13時半であることを考えれば、14時入山という赤安山の登山届を甲哉さんが出すとは考えにくい。2枚提出はあり得ても、時間を偽造することはまず無いだろう。

そうなると、赤安山の登山届は誰か別の人物が投函した可能性が高い。おそらく筆跡も違うはずである。

では、誰が登山届を出したのか。

今となっては知ることはできないだろうが、結局、甲哉さんは松平山に登山届を提出し、8合目で目撃され、松平山を越えて五頭山に向かう途中で遭難し、その場所も父・秀雄さんに伝えている。

しかし少なくとも、秀雄さんが証言した時間や場所に正確さを欠き、さらに赤安山への登山届提出によって捜索現場がかなり混乱している様子が伺える。正確な情報をもとにした捜索が行えなかったことは本当に不幸でしかない。

警察も証言が間違っているとは思わなかったのかもしれないが、前述のような矛盾点を早急に発見し、「正しい情報はどれか」と掘り下げることを行うことはできなかったのだろうか。特に、出来事を時系列に並べて整理し、情報を秀雄さんや報道関係者とも共有することが出来ていれば、おそらくこれらの矛盾の解消も早かったのではないだろうか。悔やまれるばかりである。

残雪の危険性について

1,000mクラスの山と言えど、GWではまだまだ残雪がある場合が多い。100mで気温は0.6度下がると言われているので、単純な理論値では麓よりも6度低い計算だ。

そして、本件の様な連山や、山塊の様な場所では登山道は日中でも山自体の影になる時間が長く気温が上がりづらく、さらに低山の為、木々は生い茂り、よりいっそう地表部が日光に晒されず残雪が多く見られる傾向がある。

そして残雪があると正しい登山道が分からなくなる。上記の画像は今回の件でよく見る画像なので、知っている方も多いかも知れないが、説明すると、木に隠れ見え難い左の道が正規の登山ルートで、右の残雪のあるルートは間違いで、そちらに進むと道迷いで手詰まりとなってしまうのだ。

この様な残雪期の登山をした事がある方なら分かると思うが、厄介な事に通常の地面よりも残雪の上の方が地面の起伏が少なく、草や低木も雪で隠れており歩き易くなっている事が多い。

さらに、日が暮れてくると残雪部分の方が視認性が良い為、道と勘違いし易くなり、他の登山者の踏み跡も判別が難しくなる為、道迷いが非常に発生し易くなる。

つまり、「初心者」が夕方に上記写真の場所を歩いていれば左の道を認識する事無く右に進み、何も分からないまま終わり、となってしまう危険性が高いのだ。

また、今回の五頭連山では不明だが、残雪が溶けきった後でも、雪と一緒に登山道も崩れてしまい、正規の登山道自体が塞がれてしまっている可能性もある。

知識をもたずに登山を行う危険性について、一人でも多くの人に知られる機会となることを、願ってやまない。