青森県・八戸市女子中学生殺人事件

警察のミスが事件解決を逃したか。物的証拠があったにも関わらず時効を迎えてしまった事件

1993年10月27日水曜日、青森県八戸市城下4丁目で、当時、八戸第二中学校2年生の宮古若花菜さん(当時14歳)が自宅で何者かに刺殺された。

犯行現場となった場所は住宅密集地の細い路地を入った彼女の自宅で、およそ20分という短時間のうちに行われた。

現場には、犯人が残していったと思われる吸殻が2本と缶コーヒーが見つかり、人物や車両の目撃証言もあり、すぐに捕まると思われたが、合計12万人の捜査員を投入し、600人にも及ぶ重要参考人を事情聴取するも、結局手がかりは得られず、2008年10月27日に公訴時効を迎え、未解決事件となった。

事件の経緯と詳細

若花菜さんは毎週水曜日にバレエに通っており、この日も母親に車で送ってもらう予定だった。

バレエのレッスンは19時からなので、普段であれば、18時50分に家を出るため、遅くとも18時30分までに家に帰れば十分に間に合う。

しかし、事件があったこの日、若花菜さんは何故か18時までに家に帰り、18時20分までには家にいなければならないと友人に話していたことがわかっている。

その理由について、友人が狩野署に確認するも、バレエのレッスンのことすら言わず、理由を濁し説明しなかったそうだ。

その18時から18時20分の間に事件は発生してしまい、この時の用事については家族も把握しておらず、2020年になった現在も判明していない。

事件当日の時系列

7時25分:若花菜さんが登校のために家を出る。
7時30分:母親が家を出る。施錠し乗用車で出勤。
14時25分:若花菜さんの学校での授業が終了。清掃時間となる。

15時30分から17時30分:部活(陸上部)で河川を走る。
※顧問が証言しており、彼女は陸上部で短距離をしていた。
17時40分から45分:友人2人を含む3人で下校する。
→若花菜さんが「今日は早く帰らなきゃ」と友人らに話し、
この日はよく立ち寄る飲食店には寄らなかった。

17時53分:JR本八戸駅で友達と別れ、1人で自宅へ向かう。
17時58分:宮古さん宅の明かりがついていなかった。(※通行人が証言)
18時頃:若花菜さんが帰宅。※推定時間

18時15分から20分:近隣住民の16人が、玄関の窓ガラスが割れる音を聞く。
→1人は外に出て確認するも誰もいない。「助けて」という声を聞いた人もいた。
18時23分:母親が帰宅。玄関に鍵はかかっておらず、若花菜さんが6畳間で倒れているのを発見。

18時25分:近隣住民が助けを求められ110番通報を受理。
18時27分:119番に通報を受理。
18時38分以降:救急隊員が到着し死亡を確認

宮古さん家族について

宮古さん一家は、両親と二人の兄がいる五人家族だった。父親は普段から地方の仕事で家を空けることが多く、事件当日も不在だった。

また、長男は仕事で他県に就職したため、家を出て一人で暮らしていた。当時、同居していたのは母親、次男、そして若花菜さんでしたが、事件発生時には、母親と次男は家にいなかった。

現場の状態

若花菜さんは、仰向けの状態で口には粘着テープを貼られ、両手は後ろ手にされて粘着テープを貼られていた。さらに、下半身は裸で座布団がかけられていた状態だったが、乱暴された形跡は残っていなかった。

死因は失血死で、鋭利な刃物で首の左側や脹脛など複数の刺し傷があり、中には心臓を貫通するほどの刺し傷もあった。

室内には、若花菜さんが犯人と争った形跡が残っていた。玄関の窓ガラスが割れ、破片が外側に向かって飛散しており、廊下から玄関に向かって痕跡残っていた。

若花菜さんには、窓ガラスを割って逃げようとした際にできたと思われる痣が左膝に残っていた。必死に抵抗し玄関まで逃げたが、引きずり戻されたのではと推測された。

室内には金品などを物色された形跡は無かったが、玄関、居間、風呂場の脱衣所の3箇所の窓が施錠されていなかった

目撃証言と物的証拠

若花菜さんが発見された部屋には『吸殻2本』と『缶コーヒーの缶』が発見された。このことから本件はすぐに解決に向かうと思われたが、指紋などは検出されず、また、青森県は当時DNA鑑定を導入していなかった。

その後1995年(事件発生は1993年)に導入するも、47都道府県で最も遅い部類だった。つまり、このとき残されていた吸殻や缶コーヒーには『唾液が残されている可能性』があったが、残念ながら、犯人を特定するような情報が得られなかった。

先に話した通り、ガラスの割れる音を近隣住民16人が聞いていることもあり、目撃証言は多く寄せられた。
犯行時刻と思われる付近に「現場付近から走り去った中年男性を見た」という証言や、「走り去る車を見た」という証言が寄せられた。

事件発生直後の18時30分頃、宮古さん宅に近い場所にある駐車場から走り去った『軽自動車』が目撃されており、車種は三菱のミニカトッポで色は黄色。この車は、同年8月から無断駐車されていた。運転していた男性は、薄手のシャツにネクタイはしておらず、事件後、この車は見られなくなった。他県ナンバーを含む同型車で近隣を走行していたのは約1900台。青森県は、そのうち約680台を捜査するも特定には至らなかった。

これだけの目撃証言がありながらも人物の特定には至っていない事から、元警視庁捜査一課の人物からは、警察の捜査に『すべり』があった可能性が指摘されている。(『すべり』とは、警察の捜査上のミスのこと)本件については、その物的証拠の大阪ら警察が油断していたのではと周囲から懸念された。

若花菜さんはバレエの発表会を控えており、事件が発生したその日、自宅には発表会用の衣装が届いていたが、若花菜さんがそれを見ることはなかった。

本件は『顔見知りによる犯行』か、そうでないのかが重要な論点とされている。

考え方によっては、知らない人物が訪問し、それに対応するために玄関を開け、その直後にいきなり襲われたという可能性もあったが、若花菜さんが友人らに「用事がある」と言い残した事から、顔見知りによる犯行生が高いのではないかと推測されていた。

さらに、若花菜さんが発見された現場では、自宅の台所にあるはずの『包丁』が横に落ちていた。血痕はついておらず、指紋も検出されていなかったが何かしらの関連があると考えたが特定には至らなかった。

警察と家族のコメント

警察からのコメント

捜査にあたった県警の捜査員は時効を迎えた際に本件について、「時効はとにかく悔しい。気持ちは消えない」と語った。

この捜査員は本件の発生後、自身が吸っていたタバコの銘柄を、現場で発見された犯人が吸っていたと思われる吸殻のマイルドセブンという銘柄に変えている。

その理由としては、「自分の中で事件を風化させないため」、「これからも銘柄を変える気はない」と話していた。

家族からのコメント

若花菜さんの兄も時効を迎えた際にコメントを残している。

15年という月日はあっという間でした。
この気持ちは私を始め、父、母、弟、親戚も全く同じ気持ちです。
最初の頃は、妹に手を合わせることができませんでした。
15年もの間、靴底を減らして捜査してくださった警察各位の方には感謝しています。
しかし、できるなら逮捕して欲しかった。
青森県の皆さん、八戸市の皆さん
私たちを育ててくれた城下4丁目の皆さん
15年の間
宮古若花菜を忘れないでもらって、ありがとうございます。