袴田事件

2019年10月

現在も再審請求中。死刑判決を受けた元プロボクサーの長き闘い。

静岡で起きた強盗殺人と放火の罪で逮捕されていた袴田巌が無罪を主張し続けるも死刑の判決が下り死刑が確定。

しかし再審請求の末のDNA判定が決め手となり48年ぶりに社会に釈放された袴田さんだが、釈放された今も『死刑囚のまま』という異例の冤罪事件である。

事件概要

1966年6月30日に静岡県静岡市で発生した強盗殺人、放火事件は、みそ製造会社専務宅が放火され一家4人の他殺体が見つかり、同社の従業員だった袴田巌が強盗殺人、放火などの容疑で逮捕された。

袴田さんは無実を訴えたが一審で死刑が求刑され1980年に最高裁で死刑が確定する。

弁護士が再審請求するも棄却されたが、その後、有罪の決め手となった衣類に付着した血痕のDNAが袴田のものではない可能性が高いとして14年3月に再審を決定すると同時に袴田の死刑と拘置の執行を停止し袴田巖は釈放された。

事件経緯

1966年6月30日、静岡県静岡市のみそ製造工場の専務宅で火災が起こり焼け跡から全ての遺体に無数の刺し傷のある家族4人の遺体が発見された。

静岡県警は殺人事件として捜査を開始し事件発生から2ヶ月後の8月にみそ製造会社の従業員元プロボクサーの袴田巌(当時30歳)を強盗殺人と放火の容疑で逮捕したが袴田は犯行を否認。しかし翌月9月に一転して容疑を認めた。

袴田は取り調べの段階では犯行を自白していたが、裁判では一貫して無実を主張。自白については長時間の密室での執拗な取り調べに脅されながら自白したとして袴田は裁判で無罪を主張したが、犯人が事件時に着用していたシャツに付着していた血痕の血液型と袴田の血液型が一致したとして、それを証拠とし1968年9月の第一審の静岡地裁で死刑の判決を下し、控訴も棄却した。

最高裁も上告を棄却し1980年に死刑が確定する。翌年に弁護団が再審請求を申し立てたが静岡地裁、2008年3月に最高裁もそれを棄却した。

しかし2012年証拠とされたシャツの血痕のDNA型を調べたところ袴田とは違う型が出た結果2014年に静岡地裁が再審開始を認める。2014年3月静岡地裁はDNA判定を新証拠と認め、裁判長は『証拠は捏造の疑いがある』『これ以上拘束を続けるのは耐え難いほど正義に反する』とし袴田さんの刑の執行、拘置の停止という異例の決定を下し袴田の釈放を命じた。

同日に袴田さんは48年ぶりに釈放される。冤罪が濃厚である死刑囚の立場のままの釈放は過去に例がない事だった。

事件後

82歳になった袴田さんは現在静岡県浜松市で暮らしているが、釈放はされたものの、まだ無罪を勝ち取っていない。

検察側はDNA鑑定は信用できないとして東京高裁に不服申し立てをしている。今も東京高裁で再審をめぐる審理が続いている。