平塚バラバラ殺人事件

愛する夫をバラバラに。妻は夫を殺すしか方法がなかったのか。

2011年9月、神奈川県平塚市で中山宏子(当時56歳)が志村寛治さん(当時66)を殺害し、バラバラにして市内に捨てた殺人事件である。

中山は初公判で、起訴内容を大筋で認めたが、弁護側は生前の志村さんが『もう殺してくれよ』と話していた事を挙げ、殺人については事前に志村さんからの同意があった、と主張した。

遺体はバラバラにされ近所に遺棄されたが、志村さんの遺体の小指だけは、珈琲の粉と一緒に小瓶に入れ、棚に隠匿していた。恋人を殺してそのイチモツを切り取り大事に持っていた阿部定を彷彿とさせる事件である。

犯行の経緯と詳細

2011年10月9日、平塚市撫子原の空き地で、男性のものと見られる頭部が発見された。現場は路線バス転回場所の隣で、バス停があり、日中は住民の姿がよく見掛けられ、目前の県道も交通量が多い場所だった。

しかし、終バスがなくなる午後10時以降は、約10メートル先の外灯の光も届かず、現場は暗がりとなる。頭部が遺棄されたのは腰高ほどの雑草が生い茂る中だった。

11日の午後1時15分頃に胴体と腰部分が発見された。現場は、同市の夕陽ケ丘の駐車場はブロック塀に囲まれ、夜間は明かりが乏しい環境だった。

翌12日の0時20分頃に両脚が発見された。現場は、同所の神社境内裏の茂みは、この駐車場から約120mしか離れていない。もともと薄暗い境内裏も午後8時すぎには近くの自動車学校の照明が落ち、暗さが増す。

さらに、同じ日の2時5分頃、両足が発見された。

最初に頭部が発見されてから、1週間経過した16日、両腕以外の部位がほぼ見つかり、同一人物の可能性が高いことが判明。

また、胴体や腰、両脚のほか、人のものか鑑定が進められている肉片の発見場所計3カ所は、頭部とは約2.5km離れた、半径約200m圏内の人目のある住宅街に集中していた。

胴体と腰部分が入った紙袋などを発見した男性は「9月20日ごろから見掛けた」と話しており、胴体部分などは9月下旬に遺棄されていた。

状況が異なるのが、遺体の一部とされる肉片は、同市代官町の青柳児童公園のごみ集積場近くの縁石で見つかった。

見つかった時の状態は、頭部はタオルで包まれた上、平塚市内にもある量販チェーンストアのレジ袋と、透明のごみ袋を二重にした中に入れられ、手提げバッグの中にあった。

胴体部分はごみ収集用の半透明の青色ポリ袋に包まれて紙袋に入れられ、もうひとつのポリ袋には腰部分が入っていた。両脚も、胴体部分と同一とみられる紙袋と四つのポリ袋の中に入っていた。

一方、肉片はそのまま遺棄されていた。現場近くにいた男性(当時36歳)などによると、肉片は複数で、長さ30センチほど。焼け焦げたような痕があった。また近くの地面には文化包丁が斜めに突き刺さっていたという。

捜査の結果、遺体は志村寛治さん(当時66歳)であると判明。後に、志村さんと同居していた内縁の妻、中山宏子(当時56歳)が逮捕された。

中山は志村さんに睡眠薬を飲ませた上、首を絞めて殺害した後、自宅にてバラバラにして近所に捨てたと供述していた。

犯行の動機

中山は30年以上前に志村さんと知り合った。その当時、志村さんは暴力団の構成員で、中山は准看護師をしていた。

志村さんには妻子がいたが、2人は駆け落ちし、以来、中山が生活を支えてきた。志村さんは仕事をせず釣りに興じるなど、趣味人だった。

そんな2人の暮らしに暗雲が立ち込めたのは、昨年に入ってから。志村さんが胸の痛みを訴え始めたのだ。

事件直前には明らかに肺ガンのような症状を見せるも、健康保険未加入ということや『絶対病院に行きたくない』という志村さんの希望で、中山が自宅で寝ずの看病をしていた。

そして事件当日。中山が仕事に行こうとしたら『行かないで』と志村に言われた。それを聞いた時、中山は「ひょっとしてダメになっちゃうのではないか、お父さんはもう、私が仕事に行っている間に死んじゃうのではないか。だったら私がラクにしてあげたい。」と考え、犯行に至った。

遺体はバラバラにされ近所に遺棄されているが、志村さんの遺体の小指だけは、珈琲の粉と一緒に小瓶に入れ、棚に隠匿していた。

恋人を殺してそのイチモツを切り取り大事に持っていた阿部定を彷彿とさせ、中山からは不気味なほどに一途な一面があった。中山は志村さんを深く愛しており、愛しい志村さんを楽にしてあげたいと言う気持ちが勝ったそうだ。

判決とその後

2011年9月7日、殺人と死体損壊、遺棄の罪で起訴された。横浜地裁の朝山裁判長は「被告人に有利に酌むべき事情もある」とし、懲役5年(求刑懲役10年)の判決を言い渡した。

中山被告は9月3日の初公判で、起訴内容を大筋で認めたが、弁護側は生前の志村さんが『もう殺してくれよ』と話していた事を涙ながらに述べあげ、殺人については事前に志村さんからの同意があった、と主張していた。

しかし、朝山裁判長は、体調が悪化した男性が看病する被告に言った「もう、殺してくれよ」との発言について、「弱音を吐いたものにすぎない」として、殺害に対する同意があったとする弁護側主張を退けた。その上で、遺体を切り刻み、遺棄した点を「残酷で非人道的」と指摘した。

一方で、男性が病院に行くことを断ったことや、看病と仕事との板挟みにあい、心身ともに疲弊していたこと、30年以上、被告が一人で生計を立てていた点などを有利に酌むべき事情として挙げた。