稲葉事件(日本で一番悪い奴ら事件)

日本一悪い奴ら!?映画にもなった男性警部と北海道警察の闇

稲葉事件は、2002年7月に北海度警察の生活安全特別捜査隊班長である稲葉圭昭警部が覚醒剤取締法違反容疑と銃砲刀剣類所持等取締法違反容疑で逮捕・有罪判決を受けた事件である。

事件の経緯と詳細

2002年7月5日、札幌市内で飲食店を経営しているW(当時40歳)は、自ら覚醒剤を持ち、札幌北署に周到し逮捕された。

Wは、生活安全特別捜査隊班長である稲葉圭昭警部が覚醒剤を使用していることや大量に所持していることを供述した。供述した相手は札幌北署の警察官ではなく、勾留質問を行った札幌地裁の裁判官だったとされる。

道警薬物対策課は7月10日午前、勤務中の稲葉に任意同行を求めて尿検査を実施し、覚醒剤反応を示す陽性反応が出たため、同日午後の覚醒剤取締法違反(使用)容疑で逮捕した。北海道警察で、現警察官が薬物使用で逮捕されたのは初めてだった。道警は、稲葉を7月12日付けで懲戒免職処分にした。

さらに、道警薬物対策課は稲葉本人の名前で借りていたアジトを7月18日に家宅捜索したところ、ロシア製の自動式拳銃PSM一丁と、ビニール袋に入った覚醒剤0.44gを発見。対策課は7月31日、銃刀法違反(拳銃不法所持)と覚醒剤取締法違反(所持)容疑で稲葉を再逮捕した。また同日、札幌地裁は、覚醒剤取締法違反(使用)容疑で稲葉を起訴した。

薬物対策課は7月23日、中央区にある稲葉の自宅マンションの家宅捜索にて、覚醒剤約92.9gを発見。密売目的と判断し、8月21日、稲葉を覚醒剤取締法違反(営利所持目的)容疑で再逮捕した。

札幌地裁は9月11日、覚醒剤取締法違反(所持)及び銃刀法違反(所持)容疑で稲葉に追起訴した。10月17日、稲葉を含む銃器対策課の捜査員4人が、偽証の容疑で書類送検された。

これは、1997年11月14日、小樽市でロシア人船員が拳銃と実弾を持っていた銃刀法違反、加重所持で有罪判決を受けた事件で、逮捕現場に捜査協力者であるパキスタン人がいたにもかかわらず、K警視の指示で操作書類には記載されず、さらに公判でも偽証した容疑である。

送検されたのは稲葉、元北海道警察釧路方面本部生活安全課長のK警視(7月に自殺)、道警外事課指導館のN警視(当時51歳)、釧路署生活安全課係長C警部補(当時43歳)である。当時の重機対策課長と次席は関与がないとした。

12月27日、札幌地裁は稲葉の虚偽公文書作成・同行使用容疑及び偽証容疑、Nの虚偽公文書作成・同行使用容疑、Cの偽証容疑について、いずれも起訴猶予処分とした。Kについては、容疑者死亡で不起訴処分とした。札幌地裁は、合法的な囮捜査だったと判断した。

稲葉圭昭について

稲葉は1953年に北海道門別町に生まれる。北海高等学校を経て、東洋大学では柔道部で活躍した。1976年に道警へ入り、暴力団捜査に長く携わった。

金丸信副総裁狙撃事件をはじめ全国的に続発する拳銃事件に対し、警視庁は1993年頃から全国の警察へ大号令をかけた銃器摘発キャンペーンを受け、道警は1993年4月、防犯部に銃器対策室を設置し、稲葉は旭川中央署から初代捜査員の一人として配属された。

2001年4月に警部へ昇進し、生活安全特別捜査隊へ異動するまでの8年間で、稲葉は約100丁近い拳銃を押収した。銃器対策課の元捜査員は、「稲葉! 今月も何とかならんか」と幹部がヤジを飛ばすと、稲葉は数日後にいとも容易く拳銃を押収してくるというやり取りが繰り返されていたと話している。その多くは、誰が持ち主かわからないまま押収される「首なし銃」と呼ばれる拳銃であり、そのほとんどが捜査協力者との裏取引で手に入れたものであった。

稲葉は暴力団員らと接触して捜査協力者を増やし、情報入手のために飲食代を負担したり小遣いを渡したりしていたが、資金の工面に困るようになる。そのため、協力者とともに拳銃や覚せい剤の密売に手を染めるようになった。

稲葉は密売で手に入れた金を、交際していた巡査部長との交際費や、外車の購入にも使っていた。稲葉のことを自供したWも捜査協力員の1人であり、稲葉とは長年親密な関係にあった。Wは小樽港で中古車の輸出などに関わっていたが、稲葉と金銭トラブルが生じたため、自供する道を選んだ。

判決とその後

2002年11月14日に札幌地裁で開かれた初公判で、稲葉は起訴事実を認めた。検察側は、稲葉が覚醒剤の密輸で得た利益が、2004年4月以降だけで4000万円以上になったこと、1999年頃から自ら覚醒剤を使用していたこと、1998年頃から鑑賞と小遣い稼ぎのために拳銃約10丁をロシア人船員から入手して暴力団関係者に密輸することで100万円弱の利益を得ていたことを明らかにした。ただし、道警については一切の言及がなかった。

2003年2月13日の第3回公判で稲葉は、弁護人から被告人質問に対し、上司からの依頼で、自ら調達した拳銃を正規に押収していたように偽装していたことを明らかにした。

また、稲葉は捜査協力者の実態についても詳細に証言した。道警は、捜査協力者をスパイの頭文字である『S』と呼び、その名簿を作っていた。稲葉は夕方から朝までSと接触し、実績を上げていた。しかし、Sと会うときは食事を奢るなどするため多額の金が必要であったが、上司は情報量として1〜5万円をくれるのみで、しかもその回数は少なく、自己資金から500万円を貸したケースもあった。逮捕当時、稲葉の協力者は20人いた、稲葉は犯行を暴露し、後に自殺したWも協力者の一人であり、過去に2000万円以上使っていたが、2002年7月はじめに600万円を無心されて断った事から立腹し、自首したと述べた。

稲葉はさらに、2001年6月から2002年4月にかけて、大麻計8kgの密売を行ったことを供述した。

2月24日の第4回公判で、稲葉は前回に続く被告人質問にて、拳銃摘発月だった1999年10月、小樽市内でパキスタン人男性が、ロシア製拳銃などの3丁を所持していたと摘発した銃刀法違反事件が事前に男性の承諾を得て逮捕したやらせだったと供述した。ただし、上司の関与については供述しなかった。

逮捕後に押収された覚醒剤約93gは、囮捜査の過程で入手したことと、上司は銃器摘発のために捜査協力者の覚醒剤取引を見逃していたと証言した。

3月17日の論告求刑公判で検察側は、犯行動機は金銭欲と物欲で酌量の余地はないとし、懲役12年、罰金200万円を求刑した。弁護側は最終弁論で、動機は捜査協力者を維持するための金策目的であり、道警の組織的な違法捜査に原因があるとして情状酌量を求めた。

稲葉は最終陳述で、2004年頃、銃器摘発のために道警銃器対策課と函館税関の合意による泳がせ捜査を行い、香港・石狩湾新港ルートによる覚醒剤の密輸入を2回見逃したが、捜査に失敗し、重機が摘発できなかったことを述べた。稲葉が持っていた覚醒剤は、1回目の密輸の時の一部とも証言した。さらに、この泳がせ捜査に関与した、新たな道警の上司1名の実名をあげた。

4月21日、札幌地裁は、稲葉に懲役9年と罰金160万円の判決を言い渡した。判決では、稲葉の覚醒剤営利目的について協力者との多額な交際費を捻出するためとしたが、同時に愛人との交際費などにも賄う目的があったとした。さらに、捜査情報の入手目的には、警察組織内に自らの立場、能力を誇示する思惑もあり、動機は自己中心的かつ利欲的と断罪した。しかし、やらせ捜査などの問題点には一切触れなかった。

5月6日の控訴期限までに、検察側、弁護側ともに控訴せず、札幌地裁の判決が7日に確定した。

なお、稲葉逮捕に協力したWは、その後、獄中にて自殺している。

書籍化・映画化

この北海道警察銃器対策課と函館税関の癒着を描いた「事実は小説より奇なり」を地でいっている作品は、2016年1月15日、本人の独白形式で書籍化されている。

また、さらに本書を原作として綾野剛主演で「日本で一番悪い奴ら」として映画化もされた。

警察組織に認められるためには、いかに「点数稼ぎ」が重要か。そして、点数稼ぎを効率的に行うため、汚れた世界に自ら飛び込み、点数稼ぎに躍起になるばかり、自らが汚れた世界の人間そのものに堕ちていく様は、自然な流れであるとともに、恐怖を感じられる作品に仕上がっている。

Amazonプライム、ネットフリックスなど、視聴が可能なネットメディアもあるので、まだご覧になっていない方は是非一度、ご覧になっていただきたい。

登場人物は「仮名」となっているが、起こった現象などは事実であるということが一層恐怖を駆り立てる内容となっている。ちなみに、稲葉圭昭本人も、こっそり映画内に出演している。

実際の登場シーンだけでなく、ぜひ映画もご覧になってみてくださいませ。