青森・憑きモノ殺人事件

1970年12月8日、青森県東津軽郡蟹田町(現・外ヶ浜町)で、迷信を信じた母親・A子(当時48歳)が、高校生の長男(18歳)に憑いた"魔物"を取払おうとして、息子の顔を殴ったり、首を絞めるなどして死亡させた事件。

事件の経緯と詳細

1970年12月8日未明、青森県東津軽郡蟹田町(現・外ヶ浜町)で、迷信を信じた母親・A子(48歳)が、長男・T君(18歳)に憑いた"魔物"を取払おうとして、息子の顔を殴ったり、首を絞めるなどして死亡させるという事件が起こった。

この事件について、「県内の農村はイタコ(降霊術師)と呼ばれる"生神様"を信仰する風習がまだ強く残っていた」などといった報道された。実際この母親は、事件直前に息子の病気についてイタコに相談していたのだが、真相は少し違う。「イタコ信仰」がT君を殺したとは言えなかったのである。

イタコは東北地方で、霊の口寄せをする巫女。多くは盲目の女性で、青森県下北半島恐山のイタコが有名。

青森工業高校蟹田分校3年のT君は、大工の棟梁である父親のもとで大工修業をしながら学校(定時制)に通っていた。おとなしいが、勉強やスポーツに関しては積極的な生徒であったようだ。同年10月末のバドミントン大会には主将として出場し、同校に優勝をもたらしている。

両親は跡取であるT君を家にひきとめるために、大事に育ててきた。オートバイ、ステレオ、カラーテレビなど、欲しいものは買い与えていた。

11月下旬、父親は海底トンネル(青函トンネル)の工事現場に出稼ぎに出ていった。この頃、T君は自動車教習所に通うようになったのだが、どうも元気がなくなっていた。家でも夜毎うわごとを口走り、ガールフレンドの名を呼んだりするようになった。子煩悩であった母親は心配になり、離れた父親に電話をかけ呼び戻した。

この母親はそれまで信仰心というものはほとんどなかった。だがこの時は親類にすすめられて、近所のゴミソのところに出向いた。この”近所の神様”自身も、決して信仰殺人につながるような神がかったことは言っていない。極めて現実的なアドバイスであった。

ゴミソは青森・秋田県などに多い祈祷・卜占者のひとつ。多くは既婚の女性。依頼をうけて神前で祈祷などを行う。「いたこ」のように目が不自由でなく、師匠にもつかず、特別の用具も持たない。

「ノイローゼ気味なのだから、まず医者に診せることです。あと、薬局から精神安定剤を買って服用させてみては…」

母親はさっそくT君に薬を飲ましてみたが調子は戻らない。T君はさらにノドの痛みを訴えるので、内科医院に連れて行った。ここで医師は「眼精疲労による神経症」と診断し、薬を与えた。

事件の2日前、T君は薬を飲んだが外へ飛び出して吐いてしまった。

「薬まで受けつけなくなってしまった!」

良くならない病状に、母親はますます心配になった。

御神託

その日の午後、母子は親類に伴ってもらって、通称「高山さん」というある老祈祷師(当時81歳)のところに訪れた。

この"高山さん"という女性は、高山稲荷の神託を告げることのできる(とされる)人物だった。母親からすれば、以前に相談した"近所の神様"は現実的な忠告ばかりでありがたみが薄いので、ゴミソを代えたというわけである。

はじめに"高山さん"は言った。

「私がこれから言うことは神様が言うことだから、私には関係ない。神が言っているのだから私に聞き返してもわからない。よく聞いているように」

祈祷が始まると、"神の声"はT君の病気について指摘した。

「息子には女のムジナがついている。黄色い髪をして角巻(大きな四角の毛布でできた肩掛け。東北地方の婦人用防寒具)をしたムジナだが、なかなかに古いムジナで、おいそれとは正体もあらわさない。今日はそのムジナをはなすことはできないから明日また出直してきなさい」

帰宅した母親は、息子に「黄色い髪で角巻をした女と出会わなかったか」と問い詰めた。T君は「見た。青森の教習所に行く途中の踏切で、確かに見た。しかし、あれは外人の女だった」と答えた。

信仰心の薄かった母親は、すでに"高山さん"、すなわち"神の声"を信じて疑わなかった。母親はその女こそがムジナと決めこみ、「"高山さん"に見破られたので次はどの女にとりついてくるかわからない」と、親類に頼んで息子がガールフレンドから貰ったプレゼントなどを蟹田川に捨ててもらった。

父親

7日、母親は狐の好物である小豆飯を持って再び"高山さま"を訪ね、ムジナ祓いの祈祷をしてもらった。

帰宅後もT君に持ち帰った小豆飯を食べさせたり、神棚に供えてあったお酒を「お神酒だから」と飲ませたりした。小豆飯は食欲がないので食べたがらなかったが、初めて味わう酒を飲むと、T君はフラフラになって寝室へ運ばれていった。

母親は夫と娘(T君の妹 当時16歳)に「これからTのムジナを追い出すから誰も来るな」と寝室に閉じこもり、そっと息子を抱きしめていた。

しばらくして絶叫が鳴り響いた。父親はあわてて声のした寝室の戸を開けた。そこではA子がT君におおいかぶさって首を絞めていた、父親は制止したが錯乱したA子に蹴っ飛ばされた。

「ムジナとTのどっちの味方をするんだ!・・・・ちゃんと神さまのお告げがあって、ムジナを追い払わなければ家族全員にとりついて殺されてしまうのだぞ!」

母親はそう叫んで、夫を追い出した。この家はもともと妻の方が力を持っていたので、夫はあっさりそれに従った。

母親はさらにT君の鼻の穴に指をつっこみ、眼球をえぐろうとしたりした。

T君は首を絞められると血を吐いた。母親はさらに傍にあったT君のシャツの袖を口の中に押しこみ、鼻をふさいだ。

父親と妹は居間で毛布にくるまって震えていたが、やがて寝室から2人を呼ぶ声がした。

「このムジナが先祖代々の者を殺し続けてきたやつだが、いまTが死んだので、Tのなかから出るところだから、私が鼻と口をおさえて出さないようにしている。そのあいだ自分たちにとりつかれないように私に掴まれ」

そう言われて父娘は必死に母親の足にしがみついた。こうしたムジナ祓いは数時間続いた。窓の外は吹雪だった。

魔物が憑いていたのは、本当はこの母親の方だったのかもしれない。