女性検事第1号子息の弟殺し事件

日本初の女性検事宅で殺人、長男が次男をナタで滅多打ち

1964年7月15日に東京都三鷹市下連雀の東京経済大学教授宅で、慶大付属志木高校一年生の次男(16歳)が殺害されているのを母親(49歳)が発見した。

犯人として、この家の長男(18歳)が逮捕・起訴された。

母親は日本初の女性検事・門上千恵子氏であり東京地裁で公判検事として勤務していたが、当事件の後に辞職している。

犯行の経緯や動機

日本初の女性検事、門上千恵子氏

長男と次男の父親は東京経済大学教授であり、母親は日本における女性検事第一号であった。

犯人である長男と被害者の次男は同じ慶大付属志木高校の三年生と一年生であったが成績不振により落第が決定していた。

また元より仲が悪く、兄弟共に長男の監督する野球チームに所属していたが、長男へ反発した次男がチームを脱退したことで取っ組み合いの喧嘩になることがあった。

更に次男が自宅で両親へ怒鳴り、暴れる等によって母親を困らせる様子に耐えかねた長男が当事件の一ヶ月前に次男の殺害を計画。

長男は強盗犯の犯行に見せかけるため古い運動靴を履いて物置から次男のいる自宅の別棟へ侵入。布団で熟睡する次男を登山用のナタで数十回殴り殺害した後、足跡を残しながら窓から外へ出て凶器のナタを井戸に捨てた。

1964年7月15日午前6時半頃に母親が次男の遺体を発見して通報。長男は警察へ寝ていて気づかなかったと供述した。

その後警察は井戸から凶器のナタを発見。長男は自分のものではないと話したきり自宅を出て行方を眩ませ、重要参考人として指名手配されることとなった。

2日後の17日夜、長男は自宅から約7キロメートル離れた小金井市の公園付近にいるところを警察に発見されて保護された。長男は所持金をほぼ使い果たしており、また大量の睡眠薬を所持していた。

判決とその後

長男の公判が開かれ、犯行時に心神耗弱状態であったと精神鑑定結果が提出された。長男へ懲役4年以上6年以下の不定期刑が下されて弁護側が控訴。

控訴審では減刑されて長男へ懲役3年執行猶予5年の判決が言い渡された。

検事である長男の母親は当事件の責任を取って辞職。知人の勧めで弁護士となった。また父親も辞職の意を示したが残留している。

両親と兄弟は顔を合わせる機会が少なく、事件発生まで兄弟仲が悪いことは両親ともに知らなかった。

その後長男は大学へ進学している。