愛知県蟹江町母子3人殺害事件

2020年09月

身勝手で同情の余地なし!小銭稼ぎのために強盗殺人を犯した中国人

2009年5月1日、深夜から翌5月2日の昼にかけて愛知県海部郡蟹江町の民家で発生した強盗殺人・同未遂事件である。

事件の経緯(詳細)

犯人の林振華(りん・しんか)は、2009年5月1日午後10時ごろ、愛知県蟹江町に住む会社員の女性の家に侵入した。金品を物色中、家主の母親・喜保子さん(当時57歳)に見つかったため、用意したモンキーレンチで頭部を殴って殺害した。

また、母親殺害後1時間ほどして帰宅した次男・雅樹さん(当時26歳)も襲い殺害した。林振華は、終電車が無くなったためそのまま居座り、台所に残された食事を食べていた。

さらに午前2時ころ帰宅した三男・勲さん(当時25歳)にも襲いかかりかなりの傷を負わせたが、殺害までには至らなかった。三男はコードで手を縛られ、長時間にわたって監禁状態に置かれた。三男は「殺さないで」と、林振華に懇願した。林振華はその間、いったん三男のそばを離れて現場の物色・証拠隠滅をした後、約1時間後になって三男に「金はあるか」と尋ねたが、「うちには金はない」と答えた。

林振華は、「家に入って女性に見つかった。揉み合っているとき、男性が入ってきて…ごめん」と告げた。この言葉から三男は母親・兄が死亡したことを悟った。

その間も三男は林振華に対し「早く出て行け」と迫ったが、「俺もそうしたいが今は無理だ。自分も怪我をしていたから、出血が止まるまでに時間がかかる」「逃げてもすぐに見つかる。服も着替えないといけない」という発言をした。

この他、林振華は「2、3日寝ていない」「金がない」「金はどこだ」などのように金銭のありかを尋ねる発言、「あと誰がいる?」という家族構成を尋ねる発言をしていた。また、片言の日本語だったという。

林振華は逃走するまでの間に床に付着した血痕・足跡を拭き取ったり、血液の付着した衣服を洗濯したりするなどして証拠隠滅工作を行った。

さらには、飼い猫を惨殺するなど無意味な殺生も行なっていた。
翌朝、次男の勤め先の洋菓子店上司が、出勤しないことを不審に思ったため、警官と同伴し、午後0時20分頃に自宅を訪ねた。

この時、自宅に様子を見に行った同僚で次男の婚約者女性はカーテンに血液が付着していることに気付く。
駆けつけた警察官が家の中に声を掛けていたところ、負傷した三男が、両手首を縛られた状態で施錠されていた玄関の鍵を開けて家の玄関から飛び出してきた。

三男は、この時蟹江署員に対し「強盗に入られた、助けてください。家の中で2人死んでいます。犯人は逃げました」と伝えた。

その一方で男は、1階南側の玄関ドア隙間から上がり框でうずくまっていた姿が蟹江署員により確認された。
しかしこの時、蟹江署員は男を被害者だと思い込み玄関先から「出てきてください」と声を掛けた。その後、署員が2分間ほど無線で連絡を取っていた間に、男は隙を見て逃走し、犯人を逃す形になってしまった。

犯人が捨てていった血のついたパーカーが遺留品として公開されていて、サイズはLLサイズ。全国で2003年から2004年にかけて、約450点販売されており、洗濯をせずに長期間着ていた可能性があった。家の1階廊下で見つかった母親殺害の凶器とされるスパナは国内で約3000本が流通しているが、工場に納入されるもので小売店では扱っていない物であった。

ここまで情報が掴めていたにも関わらず、捜査は難航し、2009年12月9日に捜査特別報奨金制度に指定された。
2012年12月7日、別の自動車窃盗事件で逮捕されていた中国国籍の林振華(当時29歳)のDNAが本件の遺留品と一致したため、強盗殺人および強盗殺人未遂の疑いで逮捕された。

三男のみ生存させたまま長時間滞在した理由は「命乞いされたため」と話しており、金のありかを尋ねたり血のついた衣服の洗濯など証拠隠滅を図る間に言葉を交わしたりするうち、殺害をためらうようになったと見られる。

林振華の事件前の余罪と動機

来日直後から万引きなどの窃盗事件を繰り返していた林振華は、津市内でも食料品・衣類などの万引きを繰り返した。

事件前年の2008年12月31日、当時大学3年生だった林振華は、高級食材を万引きする窃盗事件を起こし、三重県警察津警察署に摘発され、その後20万円の罰金刑を受けた。これに加え、翌2009年2月8日、セーラー服のコスチュームを万引きしようとした窃盗未遂事件を起こし、検挙された。

これに加えて林振華は、出席日数不足・成績不振などの理由から、事件発生年の2009年4月には留年し、4年生に進級できなかった。

2009年4月27日、各事件について検察庁で取調べを受けたLは、検察官から「罰金刑を科される見込みである」、「罰金を納めない場合には労役場に留置される可能性がある」と説明を受けた上で、略式手続による処分を受けることに同意した。

林振華は「罰金を支払えず労役場に留置されると、大学を退学処分になり自分の人生が終わってしまう。そうなれば日本への留学のために経済的負担を掛けた両親の期待を裏切ってしまう」などと考えた。当時、林振華の銀行口座の貯金残高は1000円未満だった。

そこで林振華は当初、罰金を支払う資金を得るため、愛知県名古屋市内で通行人から金品を奪う路上強盗を思い付いた。その際、相手から追跡された場合に捕まらず逃げ切るために、「武器を使って相手を脅したり、殴ったりしよう」と考えた。

そのため事件当日の2009年5月1日、林振華は自宅からモンキーレンチと片刃のネジ付きスライド式クラフトナイフをカバンに入れて携帯した上で、パーカーとマスクを着用して名古屋市内に出掛けた。林振華は同日、名古屋駅周辺で路上強盗をする相手を探したものの、犯行のターゲットを見つけることができなかったために犯行を断念し、近鉄名古屋駅から帰りの電車に乗った。

乗車中、電車内で乗客女性に目を付けた林振華は、この女性を狙ってひったくりをしようと考え、女性が降りた近鉄蟹江駅で後を追って降車したが、女性が乗用車で立ち去ったため、犯行は結局失敗した。林振華はその後もひったくりをする相手を見付けられなかったために犯行を断念し、近鉄蟹江駅へ向かい、被害者の家の付近を歩いていた。

林振華の逃走中の余罪

林振華は犯行後も万引きなどの軽犯罪を繰り返していた一方、DNA型鑑定が行われるまで捜査線上に浮上することはなく、2011年3月には5年間在学した三重大学を卒業した。卒業間際、林振華は急に「大学院に行きたい」と所属ゼミの教授に頼み込んだが、教授から断られた。

林振華は本事件後も、逮捕されるまで捜査網を掻い潜りつつ、腎臓病治療・婚約者女性と会うためなどの理由で、度々中国に帰国しており、多い年には年3回帰国していた。

林振華は三重大卒業後、2011年4月に新卒で三重県亀山市の自動車部品メーカーに会社員として就職し、部品検査・組み立てなどの部署で勤務しつつ研修生の通訳を担当していた。当時、林振華は日本語検定一級の資格を持っており、メーカーの社長曰く「面接時、真面目な印象だったので採用を決意した。コンビニでのアルバイトの話などをしており、『学生時代はあまりお金がなかったようだな』という印象を持っていた」という。内定を得た林振華は故郷・中国に一時帰国し、家族に日本での就職を報告した。

会社近くの借り上げアパートに居住して月給手取り約20万円の仕事をしていた林振華は、社長によれば「仕事ぶりは控えめだったが一生懸命だった」という。また社長だけでなく、同じ中国人研修生の同僚とも良好な関係で、休日は若手社員とともにフットサルを楽しんでいた。林振華は就職後、中国にいる交際相手女性を日本に呼び寄せて結婚する計画を立てていた。

林振華は「ずっと日本で働き続けたい」と言っていたため「大事に育てたい」と思った社長は、工場のラインではなく技術・製品検査の仕事をさせており、将来的には母国・中国にある工場の幹部に登用しようと考えていたという。

しかし2012年春、林振華は「結婚したいので昇給してほしい」と会社に相談し、同僚たちに転職を示唆するなどした。結局、上司らの慰留を断った林振華は、同年6月、「家のリフォームの仕事をする」と言い、会社を退職した。林振華は退職後、より高給職を求めて三重県外の建設関係会社に転職したが、その仕事もすぐに辞めた。
2012年8月、林振華は名古屋市内で放置自転車を盗んで乗車していたところを愛知県警の警察官に職務質問され、所轄の警察署で事情聴取を受けた。しかし被害が軽微だったため、県警は林振華の身元確認はしたものの逮捕・名古屋地検への書類送検などの刑事手続きは取らなかった上、DNA型も採取せずに警察内部だけで処理する「微罪処分」に処した。

林振華は2012年10月18日午後2時40分ごろから同日午後4時10分ごろまでの間に、津市内の三重大学第一体育館2階男子更衣室で、男子大学生所有の携帯電話機1台を窃取した。
さらに林振華は2012年10月19日、津市栗真町屋町の駐車場で、会社員男性所有の乗用車1台を窃取した。林振華は同日、この車を同県鈴鹿市内で運転していたところを、三重県警鈴鹿警察署に発見され窃盗容疑で同署に逮捕された。

被疑者Lは鈴鹿署の取り調べに対し「移動手段として車を盗んだ」と供述した。三重県警は2008年に林振華を摘発した際、指紋を採取したのみでDNA型は採取していなかったが、この逮捕時に任意で、「前科があるため念のために」と、林振華のDNA型を唾液から採取した。林振華は同事件の捜査中、鈴鹿署の留置場で手首を傷つけ自殺を図った。

林振華は2012年11月9日、津地方警察により窃盗罪で津地方裁判所へ起訴された。その後この起訴容疑は本事件・及び12月11日付で津地裁に起訴された窃盗事件とともに名古屋地裁に併合されて一括審理された。

判決とその後

2015年2月20日、名古屋地裁は死刑を宣告した。

松田俊哉裁判長は「犯行は強固な犯意に基づく冷酷なもので、極刑を回避する特別な事情はない」と述べた。

さらに、2015年、生存した三男を含めた被害者遺族3人が林振華に対し「損害賠償命令制度」に基づいて、死亡した2人の遺失利益・慰謝料など計約1億7900万円の支払いを求め、名古屋地裁に損害賠償手続きを申し立てた。
しかし、第一審・死刑判決を不服として林振華が控訴したため、担当裁判官は賠償額を決定できなかった 。そのため、同制度に基づく手続きは2015年4月下旬に終結し、原告の被害者遺族3人は、被告人に対して同額の損害賠償を請求する通常の民事訴訟に移行した。

その後、三男以外の原告2人は2015年10月に訴訟を取り下げたため、請求額は残る原告の請求していた約5,600万円となった。

2016年3月24日、名古屋地裁判長は原告・三男の請求を全額認め、被告・林振華側に慰謝料など約5,600万円の支払いを命じる判決を言い渡した。

名古屋地裁は判決理由で「極めて悪質・重大な事件で、動機も身勝手で同情の余地はない」、「家族を奪われた本件原告の悲しみや心痛は余りあるものだ。本件被告は真摯な反省をしているとは認め難い」と指摘し、死亡した被害者A・B両名の逸失利益を計約1億3,600万円のうち、相続分の約4,550万円+負傷などに対する慰謝料など計約1,050万円=総額約5,600万円の支払いを命じた。

原告の代理人弁護士は判決後、「請求を認容する判決をいただいたが、実際にLから履行される可能性がないに等しいことを考えると、誠に遺憾でならない」とコメントした。

林振華の現在

死刑囚の林振華は、当時上告中だった2018年10月1日時点で名古屋拘置所に収監されている。