大阪府柏原近隣住民襲撃事件

2020年07月

被害妄想からか、孤立した女が母親を殺害し、近隣住民をも襲撃

2011年5月2日、大阪府柏原市の住宅街で前岡栄子(当時55歳)が近隣住民の家に突然上がり込み、包丁を振り回しながら、住人の女性を襲撃した。

前岡容疑者は、家の外に逃げ転倒した被害女性に覆い被さるようにして襲いかかり、包丁を被害女性に向けて突きつけたが、碑銘に気付いた被害女性の夫によって、その場に取り押さえられた。

幸い、被害女性には大きな怪我はなく、前岡容疑者は駆け付けた柏原警察署員に殺人未遂と銃刀法違反の現行犯で逮捕された。

逮捕時、意識が朦朧とした状態であった前岡は、「被害女性を襲った他に、母親のミツ子さんと知人男性を刺殺し、自分も死ぬために睡眠薬を飲んだ」などと供述した。

柏原警察署員が前岡容疑者の自宅を確認すると、室内の布団の上で、前岡容疑者の母親が死亡していた。さらに、自宅から1.2キロメートル北西のアパート一室の玄関付近で、知人男性が死亡しているのが見つかった。

これを受けて、大阪府警は、5月23日に前岡容疑者を殺人容疑で再逮捕した。

犯行の経緯と動機

前岡容疑者は母親と二人で、古い集合住宅に暮らしていた。

この住宅は棟続きとなっており、近隣住民同士のつながりも深かったが、前岡容疑者は近隣住民から「阻害されている。悪口を言われている。」と感じ、周囲との交流を避けるように暮らしていた。実際には、周囲に「自分だけ地域で仲間外れにされている」と言い回っていたそうだ。

しかし、前岡容疑者は人付き合いそのものを避けていたわけではなく、母親が数年前から体調を崩し、介護施設に入所していたが、そこでは少なからず友人はいたようである。

また、前岡容疑者の家には男女問わず人の出入りが多々あり、特にそのうちの1人の男性とは親密な関係で、自転車を二人乗りして出かける姿が度々目撃されていた。ただし、この男性が殺害された知人男性と同一人物であるかはいまだにわかっていない。

近隣住民襲撃の前日の午前、前岡容疑者は母親を殺害するために介護施設から、母親の外出許可を取り、施設から自宅へと連れ帰った。そして、その日の午後、包丁で首や胸を指して殺害した。

その後、タクシーで知人男性の家へ移動し、睡眠薬を混ぜた栄養剤を知人男性に飲ませた上で、包丁で心臓付近を突き刺し殺害した。その翌日、柏原市の近隣住民を襲撃した。

逮捕後、前岡容疑者は知人男性の殺害について、金銭の要求がしつこく苦しめられたと供述すると共に、「知人男性を殺して自分が逮捕された後、母親が一人で残るのは不憫だった」と母親を殺害した動機についても供述している。

近隣住民を襲ったことについては、「殺してやろうと思い、家から包丁を持って被害女性の家に入った。奥さんを殺してやろうと思っていたが、ご主人に止められた」と供述している。

また、複数の近隣住民の証言から、以前から騒音問題を巡って、前岡容疑者と近隣住民の間にトラブルがあったことがわかっているが、これが襲撃の同期となったかどうかは不明である。

その他にも、前岡容疑者は精神的に不安定で、精神病院に通院歴があったことがあり、これが犯行に影響した可能性もあるとされている。

安藤町の現場近くに住む知人女性(60歳)は「ミツ子さんは介護施設の入退院を繰り返していた。親子での喧嘩は聞いたことがなく、びっくりしている。ストレスが溜まっていたのか・・・」と周辺に対し話していたほど、親子間は仲が良かったと見られる。

判決とその後

2013年2月5日、裁判員裁判で、大阪地裁堺支部は「取り返しの付かない重大な結果を招いた」として、有期刑の上限である懲役30年(求刑無期懲役)を言い渡した。前岡被告は控訴することなく、現在も刑務所で暮らしている。起訴内容に争いはなく、量刑が争点だった。

畑山裁判長は判決理由で、2人の殺害前に睡眠薬を飲ませた点などを挙げ、「自分の苦しさの原因ウィ男性のせいと決めつけて殺害を決意しており、自己中心的で身勝手」、「強固な殺意による冷酷な事件」と指摘した。一方、約10年前からの近隣住民とのトラブルや、寝たきりの母親の介護で思い悩んでいたことを踏まえ、「精神的に追い詰められた末の犯行だ」と断定した。