川口園児死傷事故

カセットプレーヤーを操作しながら脇見運転、危険運転致死傷罪適用されず、4人死亡もわずか懲役5年。

2006年9月25日午前9時55分ごろ、川口市の市道を歩いていた保育園児らの列に脇見運転の車が突っ込み園児4人が死亡、17人が重軽傷を負った。

カセットプレーヤーを操作しながら脇見運転していた男(38)は現行犯逮捕されたが、遺族らが求めた危険運転致死傷罪の適用は見送られ、今年3月、業務上過失致死傷罪では最高刑の懲役5年が確定した。

2007年6月には、量刑が軽すぎるとして署名活動を展開した遺族らの声を受け、過失による人身事故に適用される自動車運転過失致死傷罪(最高刑懲役7年)が刑法に新設された。

事故の経緯と詳細

2006年9月25日午前9時55分ごろ、埼玉県川口市戸塚東二の市道を歩いていた保育園児の列に後ろからライトバンが突っ込み、女性保育士(23)を含む計十六人が同市内の病院に運ばれた。

うち4歳と3歳の女児2人が死亡、5歳の女児2人が意識不明の重体、4人が重傷、8人が軽傷を負った。

武南署は、業務上過失傷害の現行犯で、ライトバンを運転していた同県栗橋町南栗橋三、運送業手伝い・井沢英行容疑者(37)を逮捕した。

井沢容疑者は帰宅途中で、調べに対し「脇見をしていた」と供述。

同署の調べでは、病院に運ばれたのは、川口市戸塚三、私立「小鳩保育園」の男児5人、女児10人、保育士1人。

現場はJR武蔵野線東川口駅の南東約800mの住宅街。中央線のない直線道路で、車道と歩道の区別はないという。事故当時、保育士6人が園児33人を引率して近くの公園に行く途中だった。

園児らが道路左側を2列で歩いていたところ、井沢容疑者のライトバンが列の中ほどに突っ込んだとみられる。ライトバンは約11メートル先で停車したという。

その後、意識不明の重体だった同市戸塚鋏町、平井友佳(ゆか)さん(24)の長女萌奈(もえな)ちゃん(5歳)が28日午後、収容先の病院で死亡した。これで死者3人となった。なお、萌奈ちゃんは、19日に小鳩保育園に入園したばかりだった。

一方、事故直後に死亡した盛山陽南子(ひなこ)ちゃん(3歳)と小山内夢乃ちゃん(4歳)の通夜が28日、同市と東京都板橋区の斎場で、それぞれ営まれた。陽南子ちゃんの通夜に参列した関定夫園長によると、遺族は号泣しながら陽南子ちゃんの顔をなでていたという。

さらにその後、意識不明の重体だった同市北原台一、会社員福地禎明(さだあき)さん(37)の長女悠月(ゆづき)ちゃん(5歳)が二日夕、脳挫傷で死亡した。事故で死亡した園児は4人となった。1人は重体、ほかに16人が重軽傷の大事故となった。

お散歩暗転、悲鳴響く

園児の悲鳴が住宅街に響き渡った。二十五日午前、埼玉県川口市の住宅街で起きた保育園児ら十六人が巻き込まれた交通事故。道路左脇を進む楽しい散歩の列に、後ろから脇見運転の車が襲いかかった。「どうしてこんなことが…」。周辺住民らは驚きと怒りを隠せなかった。

現場は園児らが通う私立の小鳩保育園から約300メートル離れた幅約6メートルの市道。園児たちは、ここを通って近くの公園に向かうのを日課のようにしていたといい、この日も6人の保育士と園児33人が散歩中だった。

近くの自営業の男性(55)は「パーンという音がして、園児らを乗せるカートが数メートルも滑ってくるのを見た。保母さんらが倒れ、『キャー』という悲鳴がまだ耳に残っている。こんな悲惨な現場を見るのは初めてだ」と声を震わせた。

現場の目の前に住む男性(82)は「部屋にいたらドカンという大きな音がして、園児の泣き声や悲鳴が聞こえた。外に出ると園児6、7人がはねとばされて路上に倒れ、動かない状態だった。運転手は車を降りて園児に駆け寄っていたが混乱している様子だった」と振り返る。「園児たちは度々、家の前を通って近くの公園に散歩しており、外に出て園児とあいさつするのを楽しみにしていたのに…。びっくりした。恐ろしい」と話した。

危険運転致死傷罪適用ならず

2006年10月16日、さいたま地検は運転していた男を業務上過失致死傷罪で起訴したが、このときにポイントとなったのが速度制限。被告は事故当時、時速五十キロ台で走行していた。現場は幅約六メートルの市道だが、道路交通法で定めた法定最高速度(時速六十キロ)以外の速度制限はなかった。

近くを走る国道には四十-五十キロの速度規制があるのに、一般の生活道路は六十キロでの走行も許される-という矛盾。これを解消するため県公安委員会は昨年十一月、現場周辺の約八十五ヘクタールの道路の速度規制を三十キロに強化することを決めた。

同地検は危険運転致死傷罪の適用を検討したが、井沢被告は当時飲酒や速度超過などがなかったことから、同罪を適用する要件がないと判断した。粂原研二次席検事は「被害者・遺族の心情は察するに余りあるが、証拠上、危険運転致死傷罪の適用は困難と言わざるを得ない」と話した。

起訴状によると、井沢被告は9月25日午前9時55分ごろ、川口市の市道で、前方をよく注視していなかったため園児らの列に突っ込み、園児4人を死亡させた。

起訴を受け、死亡した福地悠月ちゃんの父・禎明さんは「あんな狭い道をよそ見して時速50キロで走ったら危険運転。警察にも検察にも法律にも見捨てられた思い。絶望した」と話した。

懲役5年

「自動車をまさに走る凶器として暴走させた無謀運転の極み」「起こるべくして起こった事故」

業務上過失致死傷罪に問われた栗橋町南栗橋、運送業手伝い井沢英行被告(38)の判決公判。さいたま地裁の中谷雄二郎裁判長は16日、求刑通り同罪で最も重い懲役5年を言い渡した。

中谷裁判長は、井沢被告が運転しながら、助手席に置いた携帯型カセットテーププレーヤーを片手で操作し、距離で約67メートル、時間で4、5秒の間、脇見運転をした結果、事故が発生したとし、「通行人らの安全を身勝手な都合で無視した」と指摘、「運転者としての適性に全く欠ける」と断じた。

また、井沢被告が事故後、現場での救護活動や119番通報などをせず、公判中も傍聴する遺族らの前で、「社会復帰後は再び車を運転したい」と述べたことなどを挙げ、「無神経とも思われる態度は、自己の起こした交通事故の重大さ、悲惨さと、責任についての自覚が決定的に欠けていることを示す」と非難した。

死亡した盛山陽南子ちゃん(3歳)、小山内夢乃ちゃん(4歳)、平井萌奈ちゃん(5歳)、福地悠月ちゃん(5歳)の4人の園児について、「希望に満ちた将来を断たれた悲しみや無念さは痛ましい限りで、同情を禁じ得ない」と述べた。

判決の中で中谷裁判長は、2001年に危険運転致死傷罪(最高刑・懲役20年)が設けられたことに触れ、井沢被告の運転を「危険運転行為と、実質的危険性においては差異のない極めて悪質なもの」と認定。「業務上過失致死傷罪の法定刑の上限(懲役5年)でも、社会的非難や被告人の罪責を十分に評価しきれず、懲役5年に張り付くほかはない」と説明した。

危険運転致死傷罪

1999年、東京都の東名高速で飲酒運転のトラックに追突された車が炎上、女児2人が焼死した事故などをきっかけに、悪質な事故の厳罰化のため刑法に新設、2001年12月施行。法定刑の上限は死亡事故で懲役20年、負傷事故で同15年。赤信号無視などで死傷事故を起こした場合に適用されるが、構成要件は厳しい。2006年の埼玉県川口市の園児死傷事故では適用されず、同年8月の福岡市3幼児死亡事故の裁判でも適用見送りされている。

この日、井沢被告は濃紺のジャケットにベージュのズボン姿で、傍聴席に目を向けずに入廷。判決が読み上げられる間、終始うつむき、身じろぎせずに聞き入っていた。

中谷裁判長が最後に、「余りに危険で悪質な行為で、結果は重大。二度とこういうところに立たず、更生するよう期待する」と語りかけると、井沢被告は小さな声で「はい」と答えた。

井沢被告は昨年2月、公務執行妨害などの罪で懲役2年、執行猶予3年の判決を受けており、今回の判決が確定すれば、執行猶予は取り消され、懲役2年も合わせて執行される。

遺族「最高刑出たが…」

判決後、萌奈ちゃんの母平井友佳さん(24)を除く園児3人の遺族が、県庁で記者会見した。「重大な結果や被害者の心情を配慮してもらえた」などと判決内容に理解を示す一方、改めて交通事故を巡る法整備の必要性を訴えた。

夢乃ちゃんの父、小山内亮さん(27)は「自分たちの意見が裁判官に伝わったと思う。求めていた懲役5年でホッとした」と安堵(あんど)の表情を見せたが、「複雑な心境」とも語った。悠月ちゃんの父、福地禎明さん(37)は「最高刑は出たが、業務上過失致死傷罪での悪質な事故に関して、大きな課題を残した」と振り返った。

陽南子ちゃんの父、盛山哲志さん(26)は「いまだに後遺症に苦しんでいる子もおり、そちらへの救済についても訴えていきたい」と話していた。

遺族らは引き続き、業務上過失致死傷罪の法定刑の上限引き上げを求める署名活動を行う。

厳罰化働きかけ川口市長も誓う 判決を受け、事故現場となった川口市の岡村幸四郎市長は16日午後、「遺族の無念さに心が痛む。業務上過失致死傷罪の厳罰化や、生活道路の最高速度引き下げについて、引き続き関係機関に働きかけていきたい」とコメントした。

岡村市長は事故後の昨年10月、冬柴国土交通相を訪ね、歩道の設置基準を定めた道路構造令の見直しなどを求めたほか、今年2月、遺族らとともに法務省に業務上過失致死傷罪の量刑引き上げを求める要望書を提出している。

控訴

井沢被告は判決後、接見した弁護人の村木一郎弁護士に対し、控訴しない意向を伝えた。村木弁護士によると、井沢被告は「判決を厳粛に受け止めている様子だった」という。

村木弁護士は、判決を「理論的で精緻(せいち)」と評価した上で、求刑通りに懲役5年だったことについて、「マキシマム(最高)を選んで良かったのか、考えてほしかった。業務上過失致死傷罪の最高刑を引き上げる動きを先取りし、通常よりも重い量刑になったのかな、との印象を受けた」と話した。

その後、業務上過失致死傷罪に問われ、1審・さいたま地裁で懲役5年を言い渡された同県栗橋町南栗橋、運送業手伝い井沢英行被告(38)は2007年3月19日、判決を不服として、東京高裁に控訴した。

しかし、翌20日、控訴取り下げ。刑事訴訟法は、控訴を取り下げた場合、同一事件で再び控訴することはできないと定めている。検察側は控訴しない方針で、井沢被告の懲役5年の判決が実質的に確定した。

賠償

2007年7月24日、運転していた井沢英行受刑者(38)=業務上過失致死傷罪で懲役五年確定=と事故を起こした車を所有していた会社に対し慰謝料など計約二億六千万円の損害賠償を求める訴訟をさいたま地裁に起こした。

原告の一人で長女の陽南子ちゃんを亡くした盛山哲志さん(26)は「加害者と会社が責任を感じているのか刑事裁判では分からなかった。異常な運転を放置していた会社の責任も追及したい」と話している。

2007年10月19日、さいたま地裁(片野悟好裁判長)で慰謝料など総額約2億6000万円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が開かれた。

被告側は損害賠償責任を認め、賠償額について争う姿勢をみせた。遺族側は「子を産み育ててゆく生き甲斐を悪質な運転で瞬時に絶たれた親の心情は想像を絶する」と主張。亡くなった盛山陽南子ちゃんの父、哲志さん(27)は「刑事裁判では分厚い壁に阻まれたが、事件を起こした責任を(法廷で)明らかにしたい」と述べた。

受刑者側は賠償額について争う姿勢を示した。

この日の法廷には遺族6人が傍聴。閉廷後、亡くなった盛山陽南子ちゃんの父・哲志さんは「刑事裁判後(受刑者からの)謝罪の言葉や手紙は一切なくなった」と話した。

福地悠月ちゃんの父・禎明(よしあき)さん(38)も「刑事裁判では4人の命が奪われたのに、たった5年の罪にしか問えなかった。民事では判例にとらわれずに責任の重さを追及していきたい」と語った。