丸正事件

無実を訴え続けた犯人ら死去、弁護人も起訴される事態に

1955年に静岡県三島市で丸正運送の店主である小出千代子(33歳)が遺体で発見された。

犯人として大一トラック運転手の李得賢(42歳)と運転助手の鈴木一男(33歳)が逮捕された。

犯行の経緯や動機

1955年5月12日の朝、静岡県三島市にある丸正運送店の女性店主が絞殺され死亡しているのが発見された。現場からは預金通帳が無くなっていた。

沼津を出発した大一トラック3台のうち、李と鈴木の乗るトラックが東京へ15分遅れて到着したことから同月29日に李が逮捕、翌日に鈴木が逮捕されて共に強盗殺人罪で起訴された。

李は当事件について犯行を否定。鈴木は一度は自白をするが、拷問されて自白したと供述。その後は犯行を否定した。

事件当日にトラックが遅れたことについては、エンジントラブルによりオイルを足すため国道1号線の箱根峠で15分停車していたと供述した。

判決とその後

検察側は2人の動機を金銭目的によるものとした。証拠として女性店主の絞殺に使われた李の手拭いや、犯行当日に丸正運送店の前に大一トラックが停車していたという目撃情報を提出。

しかし手拭いは大一トラックが年賀用に配ったものであり、大一トラックの目撃情報を提供したタクシー運転手の証言も二転三転した。目撃情報自体が当時タクシー運転手と同乗していた者により否定された。

また現場から持ち去られたとされる預金通帳が実印とともに被害者の実家から発見された。

1957年、李に無期懲役、鈴木に懲役15年の判決が下されて控訴するも棄却された。

弁護側は被害者の遺族が犯人であると記者会見を行い、上告趣意補充書にもその旨を記した。理由として遺族と被害者との間に遺産を巡る争いがあったことや、盗まれたはずの通帳が実家から発見されたこと等が挙げられた。

また、事件後に駆けつけた被害者の親族が、事件直後に変更されていて本人が知るはずのない現場の情報を警察の事情聴取で話したことも挙げられている。

弁護側は被害者の親族3人を殺人罪で告訴するが不起訴となり、検察審査会が不起訴不当の決議を出すも検察は不起訴を通した。

訴えられた親族らは弁護側の2人を告訴、名誉毀損により起訴された。裁判には全国から数十人に及ぶ弁護士が集まり注目を集めた。

1965年5月、東京地裁は起訴された弁護士2人に対して名誉毀損罪を認定。両人に対して禁錮6ヶ月執行猶予1年の判決が下され控訴するも棄却。上告するも弁護士のうち1人が死去したため棄却され、もう1人の弁護士に対しても上告は棄却され6ヶ月の弁護士資格剥奪となった。

一方の李と鈴木は上告を棄却され判決が確定。2人は無実の主張を続けたまま1974年4月25日に鈴木が満期出所、1977年6月17日に李が仮釈放された。

2人の出所後、被害者の死亡時刻に2人のアリバイが存在するとして再審請求するも棄却、抗告も棄却された。更に特別抗告が行われたが両名ともに死去した。