三重県伊勢市・女性記者失踪事件

「伊勢の神隠し」謎が残る当日の足取りと、事件当日に電話をかけた男

伊勢市女性記者行方不明事件は、1998年に三重県伊勢市で発生した失踪事件である。

1998年11月24日深夜、伊勢市の出版社「伊勢文化舎」に勤務する編集者兼記者の辻出紀子さんが消息を絶った。

三重県警は辻出に最後に接触したとみられる取材相手の男性Xに容疑を向け、逮捕監禁容疑による別件逮捕も駆使してXを追及した。

しかし、逮捕監禁事件については津地裁でXの一審無罪が確定し、反対にその公判で提出された取調べの録画テープにより、津署が偽計や威圧を駆使した違法な取調べを行っていたことが判明した。

無罪判決後、Xは日本弁護士連合会に対して人権救済を申立て、その結果として日弁連人権擁護委員会も、三重県警本部長および津地検検事正には人権侵害行為を伴う取調べについて強い警告を発する事態に至った。

しかし、Xはその後提起していた複数の賠償請求訴訟を自ら取り下げ、また「無罪が確定すればすべてを話す」と辻出家に述べていたにもかかわらず、辻出家に対して沈黙を貫き続けた。

以上の経緯から、Xは未だ辻出の失踪に関係しているとではと疑問視されてはいるが、北朝鮮による拉致説など、信頼性に欠ける多くの巷説も流布され続けており、辻出の失踪は未解決のままである。

犯行の経緯や動機

1998年11月24日23時頃、当時24歳の編集者、辻出紀子(つじで のりこ)さんは、勤務先である三重県伊勢市の出版社、伊勢文化舎を出たのを最後に、信頼に足る情報が得られないまま消息不明となった。

辻出さんは同日の日中、カメラ屋に写真の現像を頼んだままであり、また深夜に会社を出た際も、寒気のなかダウンジャケットを会社に置いたままであった。

そして、辻出さんは同日の昼間に、過去の取材から接点のあった男性Xから幾度か電話を受けており、また会社を出る直前にも、このXから電話を受けていた。

翌25日になっても辻出さんは出社しなかったが、同僚は昨夜の残業もあって不審には思わなかった。

辻出さんは同月23日に旅行から帰ったたばかりであったため、休暇中に仕事が溜まっていたのであろうと判断した家族も、彼女が帰宅しなかったことを心配しなかった。

辻出さんの失踪を家族と会社が知ったのは、市内の保険会社駐車場に放置されていた彼女の自動車を動かすよう、伊勢警察署が辻出家に連絡してからであった。

伊勢文化舎から数百メートル離れた駐車場で発見された辻出さんの車は、彼女の几帳面な性格に反して、駐車場の白線を無視して斜めに停められていた。

ドアはロックされた状態で車内に荒らされた形跡はなかったが、財布や手帳、携帯電話などが入ったショルダーバッグはなくなっていた。

また、辻出さんは非喫煙者であったにもかかわらず、車内からはタバコの吸殻が1本発見されている。運転席の座席も普段より下げられた位置にあり、普段はエンジンをかけると流れるカーステレオも切られた状態にあった。

その一方で、辻出さんの銀行口座から預金が下ろされた形跡はなかった。これらの異状にもかかわらず、生活安全課は家族に車を移動させた後も辻出を「家出人」として扱い、捜査を求める両親の言葉にも応じなかった。

辻出さんの父は伝手を頼って副署長にも面会したが、副署長も笑って宥めるのみであった。1か月後に非公開での捜査が始まってからも、伊勢署は家族と同僚の事情聴取を別々に行い、また辻出さんの家庭問題を疑ったため、会社側の情報を家族には伝えようとしなかった。

電話相手

辻出さんに最後に接触したとされるXは、そもそも尾鷲市役所が彼女に引き合わせた男性であった。

当時の三重県では「東紀州体験プロジェクト」などの大型イベントによる振興が図られており、『伊勢志摩』誌の編集者兼記者であった辻出さんは、東紀州に顔が広い取材協力者を探していた。

そこで尾鷲市役所が辻出さんに紹介したのが、隣接する海山町で熱帯魚販売店を営み、地元の青年会議所で副理事長も務めていたXであった。

子供向け自然ふれあいイベントで講師を務めたり、女性に紳士的に接したりするXに対し、辻出さんは信頼を寄せるようになり、Xの顔写真を同僚に見せて「かっこええやろ」と言ったりもしていたという。

Xを取材・特集した号の『伊勢志摩』編集後記には、「Xさんの、自然の中での表情ときたら。実に嬉しそうなのだ。自然は人を笑顔にさせる力があると思う」とも書いている。

一方で、下記の逮捕監禁容疑でXと離婚することになるXの最初の妻や、その関係者からは、Xが「東京に行って帰ってくると薬物の匂いが体からぷんぷんしたり、全然寝ない日があったりした」「包丁を持って部屋に閉じこもり『死んだる』とわめき散らしてみたり、すぐカッとなって物を投げつけたり、食卓をひっくり返したりした。性的にも普通ではなく、医学本に載っている女性の陰部をなめ回すほどに見たり、椅子の下にコンドームを敷き詰めたり、自慰行為を狂ったようにし続けたりした」、との証言も得られていた。

希少動物の輸入によるワシントン条約違反によって、40万円の罰金刑に処せられたこともあったという。

このXを辻出の失踪に関与していると見た伊勢署は、翌1999年1月26日にXを任意同行させ、2月3日まで取調べた。

聴取は朝8時頃にパトカーがX宅まで赴き、そのまま署で23時から深夜0時頃まで取調べ、1時から2時頃に帰宅させるという、任意という名目からはかけ離れたものであった。

警察はXに対し、辻出さんを殺害して遺体をどこに遺棄したのかと自白を迫った。

Xは当初の調べに対しては「辻出さんとは夏以来会っていない」と話していたが、供述を変転させた末、11月24日23時頃に辻出さんと会ったことは認めた。

また、Xは辻出失踪の直後に、刑法・刑事訴訟法関連の専門書を数冊購入していた。しかし、警察はXの周辺人物に聞き込みを行い、家宅捜索も実施したが、Xが辻出さんの失踪に関与しているとの確たる証拠は挙がらなかった。

Xは女性の使用済み生理用品を所持しており、その血液型は辻出さんのものと同じB型であった。

しかしXの交際相手の血液型もまたB型であり、さらに生理用品はその後Xに返却されたため、DNA型鑑定による再鑑定は不可能となっている。

辻出さんの失踪には無関係であると主張し続けるXに対し、警察はXを翌2月10日に逮捕監禁容疑で逮捕し、身柄を津署へと移送した。

その詳細は、1997年12月16日13時頃から翌17日17時頃まで、Xが上京するたびに会っていた馴染みのホテトル嬢Aを、その手を縛って彼女の自宅マンションに閉じ込めた、というものであった。

しかし、この逮捕監禁事件で被害届が出されたのは発生から1年以上が経過した1999年2月5日のことであり、これは辻出さん失踪事件を本命とする明らかな別件逮捕であった。

翌3月4日にXは逮捕監禁事件で津地裁へと起訴されたものの、その身柄は三重刑務所に移監される7月22日まで、代用監獄たる津署へ留め置かれた。

Xはこの4か月半以上の間も、辻出さん失踪事件について追及を受け続けたが、2月11日に弁護人に選任された室木徹亮は、彼に対し完全黙秘を指示した。

勾留中にXは辻出家に対し、「逮捕監禁事件で無罪を勝ち取った暁にはすべてを話す」という内容の書面を、室木の署名入りで提出していた。

しかし、無罪判決後の釈放翌日に辻出の両親が面会を求めると、Xは義兄を通して「私たちはマスコミ報道に我慢がならない」「やるだけ無駄だという結論になった」「いくら灰色といわれても放っておく。もちろん、人権を侵害するような報道には法的な処置をとる」「伊勢文化舎の代表が怪しい」などと述べて面会を断った。

そして、「今後もし話をする気になったら、内容をマスコミに漏らさない、回答をあげつらうような質問をしない、などの条件付きの上で、弁護士を通じてあなた方に連絡する。それまであなた方からの連絡は拒否する」との旨を一方的に宣告した。

さらにXは、日弁連への人権救済申立てに加え、逮捕監禁事件でのAおよび2人の証人に対して連帯で3000万円を求める損害賠償請求訴訟を、国と三重県に対して同じく3000万円を求める国家賠償請求訴訟を提起した。

結果的にXは賠償請求訴訟を取り下げたが、マスコミに対しても同様の訴訟を起こす構えも見せていたため、その後は警察もメディアもXを追及することに及び腰になった(三重県警の元捜査員によれば、無罪判決の後、今後一切Xには手出しをしないように、との通達があったという)。

その後も沈黙を守り続けるXに対し、業を煮やした辻出の父は室木のもとを訪ねたこともあったが、その際に室木から半笑いで「あなた方、人の揚げ足取るようなことばかり言って、何にもならなかったな」と言われたという。

その後

辻出さん失踪直後の1999年1月には、辻出さんの学生時代の友人たちや、有田芳生、鳥越俊太郎(室木の友人であり、室木の依頼でXの冤罪を訴える番組を構想していたが、その後断念)、村尾信尚(元三重県庁行政改革担当部長)などの報道関係者により、「辻出紀子写真展」が開催されている。また、同様の写真展は、2001年11月に東京と伊勢市でも開催されている。

三重県警は、辻出の失踪から10か月が経過した1999年9月から情報提供を求める公開捜査に踏み切り、2019年までに、捜査には約3万1900人が投入された。

情報提供者への謝礼金上限額は300万円に設定され、寄せられた情報は88件に上ったが、有力な手掛かりは得られなかった。

事件以来、辻出さんの両親は毎年11月24日に情報提供を求めるビラを配り続け、警察に重機で怪しい場所を掘り起こしてもらったこともあった。

四国八十八箇所もすべて巡り、テレビ番組の超能力捜査官やダウジング専門家にまで頼ったが、何ら成果は得られなかった。

両親は辻出の生存をほぼ諦めているが、それでもなお情報提供を呼び掛け続けている。