富山・長野連続女性誘拐殺人事件(赤いフェアレディ殺人事件)

目撃されたスポーツカー、犯人の共同経営者は逆転無罪

女高生・OL連続誘拐殺人事件 (徳間文庫)

1980年2月に富山県で高校三年生の長岡陽子さん(18才)が殺害され、翌月に長野県で信用金庫に勤める寺沢由美子さん(20歳)が殺害された。

犯人として宮崎知子(34歳)が逮捕され死刑となった。

また、宮崎と同棲していたAが逮捕後、裁判で無罪となっている。

犯行の経緯や動機

宮崎知子(34歳)は富山県から上京して結婚、一児を授かるも離婚した。宮崎は富山県に戻り、夜の仕事仲間を介して既婚男性Aと出会い同棲。

宮崎はAとギフト店「北陸企画」を共同経営するも資金難に陥り数千万の借金を負い、結婚相談所で紹介された男性に対して保険金目的で殺害を試みるも麻酔薬が効かず失敗終わった。

更に借金を重ねてスポーツカー(日産自動車の赤いフェアレディZ)を購入。この頃より誘拐で身代金を得ることを考え始めた。

1980年2月23日、宮崎は富山県で帰宅中の県立八尾高校に通う高校三年生長岡さんにアルバイトの話を持ちかけてスポーツカーに乗せ誘拐した。

24日と25日に長岡さんから自宅へ「女の人からアルバイトを誘われ、会社の事務所に泊めてもらった」と電話。

25日の午後、宮崎は長岡さん宅へ身代金を求める電話を掛けたが、具体的な金額は提示しなかった。

翌日宮崎はAと長岡さんの3人で岐阜県のラーメン屋に入店。店を出てから数時間後、宮崎が長岡さんに睡眠薬を飲ませて昏睡状態のところを絞殺。雑木林に遺棄した。

翌月5日、宮崎は長野県で帰宅途中の信用金庫に勤務する寺沢さんをスポーツカーで誘拐。翌日の早朝に絞殺した上で道路脇に遺棄した。

遺棄から数時間後の午前7時に宮崎は寺沢さんの家族へ3000万円の身代金を要求、翌日朝10時に長野駅へ持ってくるよう指示した。

翌7日の朝に長野県警によって捜査が開始。宮崎は10時に長野駅にいる寺沢さんの家族へ電話を掛け、10万円しか用意ができなかったことを聞いて昼まで待つと時間を延期。昼過ぎに電話で身代金を2000万円に減額する旨、長野駅から4時38分発の列車に乗車して高崎駅へ降りるよう指示したが、宮崎はその場へ行かなかった。

警察は2つの事件を同一犯の犯行と断定。どちらの犯行現場でも宮崎がスポーツカーを運転している様子が目撃されており、身代金交渉の電話と宮崎の声紋が一致したことなどから同月30日の夜に宮崎とAが身代金誘拐の容疑で逮捕、翌31日に取り調べを受け、4月1日に送検された。

判決とその後

1980年5月13日に初公判が行われ、宮崎とAは容疑を否認。

約5年後の1985年3月6日、Aに両事件ともアリバイがある事が証明された。

1987年4月30日、検察から宮崎へ死刑、Aへ無期懲役が求刑された。

翌年2月9日に宮崎へ死刑、Aへ無罪が言い渡された。検察はAを控訴、宮崎は自身を控訴したが棄却。

1998年9月4日、宮崎の死刑が確定した。