大阪市西成区女医不審死事件(西成マザーテレサ殺害事件)

西成マザーテレサ殺害事件。矢島さんは何を知ってしまったのか。

2009年11月6日、大阪市西成区木津川の渡船場で医師の矢島祥子さん(当時34歳)が遺体で発見された事件である。

事件の経緯

2009年11月13日午後10時、診療所で他の医師が矢島さんの診療所勤務を確認している。この日の午後8時頃、診療所にて1人でカルテを整理している矢島さんを看護師が目撃したのを最後に誰も目撃していない。

11月14日午前4時15分、矢島さんが経理システムをカードで作動させ診療所を離れているが、診療所のある商店街の監視カメラに矢島さんは映っていなかった。この警備システムの作動について遺族は、第三者が矢島さんのカードを使った可能性を指摘している。

午前4時16分、診療所の警備システムが初報。

午前4時50分、警備会社の警備員が到着。診療所には誰もいなかったとされる。

11月16日午前1時20分、第一発見者の釣り人が死後硬直状態の遺体を発見した。

11月17日、Yさんが出した11月14日消印のハガキが知人男性の自宅に届いた。文面は「出会えたことを心から感謝しています。釜ヶ崎のおじさん達のために元気で長生きしてください。」と書かれていた。

同年の12月、警察は矢島さんの自転車を住宅、遺体発見現場の双方とは異なる市営団地で発見したが指紋は検出されなかったと発表している。

2010年3月、警察は当初の見解を改め死体頭部の傷は生存中のものと発表した。

同年の9月14日、遺族は大阪府公安委員会に対して再捜査要求・苦情申し立てを行った。

2011年2月3日、警察が死因は自殺と遺族に説明した。しかし、医師としての活動に情熱的に取り組んでいた事から自殺は考えられないとする見解が多い。また、矢島さんはクリスチャンで毎週教会に礼拝に通っており、キリスト教では自殺は罪とされていることも理由としてあげられる。

同年の2月25日、衆議院予算委員会で取り上げられ警察庁刑事局長は事件・事故の両面で捜査中である旨を答弁した。

2012年8月22日、遺族が提出した刑事告訴状が受理された。同年11月16日、死体遺棄罪での公訴時効が成立した。

遺体の状況

死亡推定時刻は警察作成の死体検案書で、2009年11月14日午前とされている。矢島さんが勤務していた診療所から遺体発見現場までは直線で2.4km離れており、遺体の腕が直角に曲がり渡船場のタイヤに腕が引っかかるような形で発見された。

第一発見者の男性によると、一般的な水死体のイメージからは程遠く、とても綺麗な状態だった証言している。
遺体は死後硬直があったとされるが、法医学者によると流水中での溺死の場合、死後硬直が起こりにくいと見解を示している。

遺体には、頭部に高さ3cmのコブがあり首には圧迫痕があった。警察は当初、頭頂部のコブについて、遺体を水中から引き揚げ地面に置く際に頭部を打ってできたものと説明していた。

また、司法解剖の結果、遺体の右瞼の裏や口の中の粘膜の毛細血管が破裂して、小さな内出血を起こしていたことも判明している。その他、右手にも傷を負っていたことが明らかとされている。これは、自殺と考えると不自然な点である。

死後に血流が途絶えた状態で皮下出血ができるわけもなく、2010年3月に警察は『東部の傷は生存中のもの』と訂正し発表した。

矢島祥子さんについて

矢島さんは2007年4月1日から大阪市西成区の診療所で内科医として勤務しており、労働者支援・夜間パトロールなど地域活動を行なっていた。

淀川区の病院に勤務している時に、この地域のホームレスの支援活動を行っており、その活動で最終勤務地である診療所の所長と知り合い意気投合して勤務地を変えた。

実際にこの所長は堺市でNPO事業を展開し、ホームレスの支援の為にマンションを建設、その活動は当時の大阪日日新聞などに報道、しかし、そのNPOのHPは事件後に削除されている。

矢島さんはマザーテレサと周囲の人々から称されており、近隣住民から地区のシンボルだと慕われていた。矢島さんは支援をする中で、次第に様々な貧困ビジネスや貧困利権という存在に気付いてしまった。重複診療や架空患者、薬の闇売買などである。矢島さんはそれらを告発しようと考えていたことから、それが本件の引き金になったと噂されていた。

矢島さんはある不正を発見し、その資料を深夜遅い時間帯に調べていた。焼死した佐藤豊さんは、資料を預かるなど献身的に協力していた。

矢島さん達が、不正を告発しようとしていることを知った診療所の所長は、とあるところに相談をしていた。相談された人間は、組織全体の危機を感じ、矢島さんに警告のメッセージを送る。しかし、正義感の強い彼女はそのメッセージを無視してしまった。

本件の後、それらの証拠は全て始末され、本件だけでなく謎の不審火で焼死した佐藤さんもその一つだ。矢島さんや佐藤さんの他に、この事実を知っている人間に対しての警告のメッセージとして、不審火で焼死させた。
死後、彼女の意思を受け継ぎそれを表に出す人間を恐れての事である。

警察は、事件の全体像を知らない訳はないと思うのだが、それらを明らかにするとこの地域全体の治安が悪化する恐れがある。だから西成署は、当初自殺と断定、その後遺族の抗議により前言を翻す事になったそうだ。

不審な点

死亡推定時刻について

死体検案書によると死亡推定時刻は11月14日午前だったが、11月16日午前1時過ぎの遺体発見時、遺体の側には矢島さんの靴が片方浮いていたとされる。流れの多い川で溺死後に1日半が経過していたとすれば靴がそばにある状況は不自然だとされる。

また、遺体のポケットからは携帯電話が出てきたが遺族によると、その携帯電話は11月15日午前2時半まで呼び出し音が聞こえていたとされる。つまり、少なくとも15日の午前2時半までは携帯電話は水没しておらず、矢島さんが地上で生きていた可能性を示している。

さらに、矢島さんの遺体には消化されにくい豆類のかけらが残っていた。これは矢島さんが死亡する直前まで電話にも出られず、食事も取れない状況にあったとする見解がある。

そして、遺体の状態にも不審な点がみられる。死因は溺死とされているが、矢島さんは泳ぎが得意であったという情報がある。遺体は死後硬直の状態だったが水死体は関節が動くために死後硬直しないとされる。

診療所の警報

11月13日午後10時頃、矢島さんは旧知の来客と診療所ないで30分ほど雑談している。その後、来客と別れ診療所で残業。日付が変わり11月14日の深夜に、診療所内のパソコンに矢島さんの患者カルテをバックアップした記録と、午前4時15分頃に矢島さんが診療所を出た記録がある。

この約1分後警報システムが作動し30分後に警備員が到着したが異常はなかったとされ、何故警報システムが作動したのか、現在もわかっていない。

また、矢島さんの携帯電話から知人にメール着信があったという情報があるが、家族は確認していない。そして、矢島さんが出勤して来ないためスタッフが部屋を訪問したが、部屋に鍵はかかっておらず、矢島さんの姿はなかった。さらに、郵便受けがこじ開けられていたこともわかった。

監視カメラ

11月14日未明は強い雨が降っていた。診療所診療所のある商店街の監視カメラには矢島さんの姿は一切映されていなかったが、その理由もはっきりしていない。

診療所を出てすぐに脇道があり、この脇道に入れば監視カメラに映らない可能性もあったが、この日の矢島さんは移動に自転車を使っており強い雨が降っていたことから、少しでも雨を避けるためにアーケードのある商店街を選ぶのが自然だと考えられる。

また、矢島さんの自宅アパートの横にも監視カメラが設置されていたが、当日の映像を確認した警察は「機器の故障で何も映っていなかった」と述べている。

この地域の監視カメラの設置数は異様なほど多いが、どの監視カメラにも矢島さんらしき人物は映っていなかった。

誰にも知られず、無数の監視カメラを潜り抜け矢島さんの遺体は木津川の渡船場まで運ばれたことになる。仮に監視カメラの位置を下見に来ていたとしても、その行動も監視カメラに映ってしまうため、謎とされている。

指紋の謎

矢島さんの部屋の中には、ひとつもホコリがなく、現場検証では矢島さんの指紋すら検出されなかった。

自殺ならば極めて不自然な状況である。自宅に帰った足取りが確認されていない状況で部屋が異様なまでに綺麗に掃除されていたことを、遺族はビデオ撮影によって記録している。

また、約1ヶ月後に市営住宅の駐輪場で発見された自転車からも矢島さんの指紋は検出されなかった。

関連事件

2015年2月9日、生活保護受給者の治療をしたと偽り、診療報酬13万円をだまし取ったとして、大阪市西成区で診療所を経営していた医師の小松明寿(当時60歳)を詐欺容疑で逮捕した。

小松容疑者は経営していた診療所で受診歴がある受給者218人の名前を使い、数年前から架空の診療報酬請求を繰り返すなどしていたとみられ、府警は、小松容疑者が約3400万円を不正に受け取ったとみて調べる。

受給者の医療費は全額公費で賄われ、自己負担がない受給者は、身に覚えがない医療費の通知が来ても気にとめないケースが多い。

府警は、小松容疑者がこうした実態に目を付け、受給者の個人情報を悪用したとみている。

この様な事件の発覚は氷山の一角であり、見逃しているのか定かではないが、犯人逮捕に至っていないものも数多く存在する。

トピック:新しい利権「貧困ビジネス」

大阪市の特区構想で、西成区には巨額の資金が流れている。それがいわゆる、「貧困ビジネス」だ。

その巨額の資金を分け与える委員会がある。それが29名からなる西成区区政会議だ。これには、いろいろな団体が名を連ねている。そして、この界隈ではこれらの団体を阻害する者がいれば追放されるのだ。

実際に、この活動に意を唱えた人間がこの地域から消えている者が数名存在する。

年間の西成区生活保護費だけで年間600億円以上と言われており、これらの聖域に口を出させてはならないのだ。

矢島さんは決して開けてはならないパンドラの箱を開けてしまったのではないだろうか。