長野・ネット依頼殺人事件

実父の殺害を、ネット掲示板で知り合った男に依頼

2005年12月30日、長野県松本市の無職・野本力さん(当時76歳)が殺害されているのを、帰宅した家族が発見。

年が明けた2006年1月、同居していた力さんの長男・富貴(当時49歳)が、インターネットで知り合った茨城県土浦市の派遣社員・片山直哉(当時36歳)に父親の殺害を依頼していたことや、報酬として200万円を支払っていたことが発覚した。

また、富貴の長男・享孝(当時25歳)も、殺害計画を知りながら、父親の富貴に金を提供していたとして逮捕された。

事件の経緯と動機

「何でもやります」の書き込みに、殺人を依頼

2005年12月30日夕方、長野県松本市島立の無職・野本力(つとむ)さん(当時76歳)が、顔や頭を鈍器のようなもので殴られて殺害されているのを、帰宅した家族が見つけた。

年が明けた、翌2006年1月30日、殺人容疑で力さんの長男・富貴(当時49歳)と、茨城県土浦市の派遣社員・片山直哉(当時36歳)が逮捕された。

富貴は、インターネットの掲示板に「半殺し50万円、殺したら100万円、年内達成なら倍額」と書き込み。

この書き込みに対し「一人で悩まずご相談を。何でもやります!」と応じた片山とメールアドレスを交換して殺害を依頼、片山はそれに応じて殺害を実行した。その際、富貴は100万以上の報酬を渡していた。

さらに、2月1日には、富貴の長男で、力さんの孫である野本享孝(みちたか、当時25歳)が逮捕された。享孝は、12月初めに富貴から力さん殺害を打ち明けられ、報酬費を提供したという。また、この金は力さんが「老後の面倒を見てくれ」と頼んで享孝に渡していたものだった。

「復讐したいひとがいる」姉が弟の殺人を依頼するも、未遂に

3月3日、片山が同様に少年A(当時17歳)の殺害も計画していたとして再逮捕され、殺害を依頼した東京目黒区に住む、少年の姉で無職のB子(当時20歳)も逮捕された。

力さんの殺害で200万円の現金を手にした片山は、これに味をしめ、別件の依頼を探していた。

B子は、12月12日、やはり同様にインターネットの掲示板で「復讐したい人がいる。だれか協力してほしい」と殺害を依頼しており、これに応じた片山に報酬50万円を提示したという。片山は弟の住む施設周辺を下見するなどしていたが、未遂で終わった。

無職の男、財産目当ての殺害、アリバイ工作

富貴は当時定職に就いておらず、パチンコなどで生計を立てていた。

また、その息子で長男の享孝も定職をもたず、そのことで力さんから責められており、また老後のためにと渡しておいた約900万円の返金を要求されていた。さらに、享孝は事件が発生するまでにも、力さんに暴力を振るい、警察が駆けつける騒ぎも数回起こしていた。

そんな息子に対して、力さんは遺産をは相続させない旨を伝え、富貴は前年10月頃から、「財産を保全して自分たちのものにするには殺すしかない」と考えるようになったという。

殺害方法については様々な方法を検討した。

睡眠薬を使い練炭のガスで殺す、正当防衛に見せ掛ける、暴力団員に殺害を依頼する…。

種々の方法を考えたが、結局、富貴は、自分の手を汚すことを避け、第三者に依頼することにして、ネットの掲示板に「半殺し50万円、殺したら100万円、年内達成なら倍額」と書き込んだ。

この書き込みを見た片山が「一人で悩まずご相談を。何でもします!」と応じると、テレビ時代劇「必殺仕事人」の主人公の名を出し「中村主水(もんど)さんできますか?」「狙い目は事故で痛めた首」などと、父親の殺害を依頼した。

富貴はあらかじめ、家の間取りがわかる図面を片山に電子メールで送信し、外出時に乗る軽自動車の有無で力さんが家にいるかどうかを確認できることや、また、犯行当日は富貴を含む他の家族全員が外出しており、力さん1人が残っていることも片山に伝えていた。

そして、殺害決行の当日となる12月30日、富貴は元妻(当時43歳)らと一緒に、長野市まで外出してアリバイ工作をしていた。

その頃、片山は12月30日の午前1時ごろ、力さん宅に侵入し、力さんの顔や頭を鈍器のようなもので殴打し、殺害した。

着手金の50万円は駐車場に置いてやり取りをし、その後、成功報酬として150万円を手渡しする際に、富貴と片山は初めて顔を合わせたという。

判決とその後

逮捕後、富貴は容疑を否認、しかし、享孝は容疑を認めていた。

また、富貴の弁護人は「(富貴は)幼少時から力さんから暴力を受けていた」「殺人ではなく傷害致死である」と主張した。

2006年5月31日、検察側は「被害者の財産を保全、取得しようとする目的から確定的殺意を有していたのは明らかだ」と、富貴に無期懲役、享孝に懲役17年を求刑した。

2006年6月14日、長野地裁・土屋靖之裁判長は「匿名性のあるネットの特質を悪用し、模倣性が高い」と片山に無期懲役を言い渡した。また、殺害を依頼した富貴に懲役20年、享孝には同13年を言い渡した。

これに対し、片山は控訴したが8月に取り下げ、無期が確定した。

同年11月16日、富貴と享孝の控訴審が行われたが、東京高裁・池田修裁判長は「犯行を企て殺害を依頼した首謀者で、一審判決の量刑は軽すぎて不当」と述べ、一審判決を破棄、一審の求刑通り無期懲役を言い渡した。享孝については控訴が棄却された。

富貴は最高裁に上告したが、2007年7月10日、最高裁・近藤崇晴裁判長は上告を棄却。

すべての判決が確定した。

インターネットを介した関連する事件

1998年、ホームページ「安楽死狂会」で、「ドクター・キリコの診療所」の専属ドクターとして自殺志願者の相談に乗っていた男が、"お守り"として青酸カリのカプセルを販売譲渡し、複数の服毒した女性が死亡した「ドクター・キリコ事件」。

2005年、"窒息マニア"の男が、自殺サイトを通じて知り合った男女を次々殺害した「自殺サイト殺人事件」。

2007年、闇サイト「闇の職業安定所」で知り合った男3人が共謀し、強盗目的で女性を殺害した「名古屋闇サイト殺人事件」などが発生している。