名古屋西区主婦殺害事件

数多くの遺留品を残しながらも逮捕に至っていない謎の女

1999年11月13日、愛知県名古屋市西区稲生町5丁目の自宅アパートで主婦・高羽奈美子さん(当時32歳)が何者かに刃物で首複数箇所を刺され死亡、そばにいた長男の航平さん(当時2歳1か月)は無傷で、部屋が物色された形跡は見られなかった。

犯人の血痕や足跡、遺留品や目撃情報があるものの、2020年現在も検挙に至らず、今年2月愛知県警は有力情報に対して最大300万円の報奨金をかけると発表した。

事件の経緯と詳細

当日9時頃、夫・悟さん(当時43歳)は普段より少し遅めに出勤した。悟さんを見送りつつ、奈美子さんも出掛ける支度をしていた(悟さんは“図書館に行く”と聞いていた)。

その後、同アパート3階に住むママ友に電話(熱のある航平さんを病院に連れていく話、ママ友の夫に補修してもらう約束の車の話をしていた)しており、9時30分付け、宅配便の不在票が残されていた。

午前中に人が争うような音を聞いた、との住民証言が寄せられており、10時過ぎにママ友が電話するも応答がなかったという。

11時10分、長男・航平さんを連れ、きとう小児科へ来院。

30分後となる11時40分、奈美子さん帰宅(アパート住人が目撃。正午ごろまで駐車場で車の手入れをしていたが不審者は見ていない)。

その後、正午から13時までの間に、被害者宅から「タンスを引きずるような大きな音」「階段を駆け下りる音」を住民が聞いた。

12時15分、12時20分頃、稲生公園付近で2件の不審な女性の目撃情報。また、12時30分から14時頃にかけて、ママ友が3回電話するも、これにも応答はなかったという。

14時30分頃、各部屋に柿を配っていた大家さんが来訪。応答なく、無施錠だったため戸を開けると廊下で流血して倒れている奈美子さんを発見。慌てて大家夫を連れてきて再確認した。

騒ぎに気付いたママ友が大家さんとともに119番通報。救急隊は変死と判断し110番通報。連絡を受けて15分ほどで夫の悟さん到着。遺体はトレーナーにジーンズ姿、着衣の乱れはなかった。

死因は失血死(死亡推定時刻は正午から13時ごろ)。現場の状況から、玄関右手の洗面所で致命傷を負い、廊下をまたいで居間へ這っていく途中で息絶えたとみられる。

事件の最中、居間では幼児イスに腰かけた航平さんが玩具で遊んでいた。テーブルには航平さん用のおみそしる、奈美子さんが普段は食べないカップラーメンがのびきった状態で置かれ、掃除機が廊下に出しっぱなし、居間のTVもつけっぱなしの状態であったといい、部屋を物色された形跡はなかった。

悟さんの出勤直後からきとう小児科に行くまでのおよそ2時間の足取りはつかめていない。返却予定だった本が残っていたので図書館には行っていないと考えられている。

遺留品・犯人と推定されている人物

犯人は目撃情報やDNA鑑定により、40~50歳代B型女性(現在60~70歳代)、身長160センチ程度、当時黒いコート、肩にかかる黒髪のゆるいパーマであると推定されたが、凶器は発見されていない。

犯人は、量販品の女性向け韓国製スニーカー(24㎝)を履いていたとみられる。

被害者宅から500mほど数m間隔で血痕を残しながら、庄内川方面に北上し、稲生公園で血を洗った痕跡が残されていた。12時15分および12時20分頃には、「手を怪我した女性」が、稲生公園付近から東進したとみられる目撃情報2件寄せられていた。

その後、長男・航平さんが3歳当時、「ママとおばちゃんが喧嘩してた」、4歳当時「犯人はコンビニのおばちゃんだ」といった証言を残しているが目撃証言としての確証は得られなかった」。

居間テーブルに乳酸菌飲料ミルミルEが飲みかけのまま放置され、玄関には内容物の一部が吐き出されたかのようにこぼれていた。高羽家では過去に購入したことがなかったことから犯人の遺留品ではないかとされている。製造番号により30㎞以上離れた西三河地区内で販売されたものと特定された。

目撃証言などから警察は当時40代くらいの女が犯人とみて、延べおよそ7万人を投入し捜査してきた。

当日の天候は晴れ。アパート付近は密集した住宅街だが犯行が昼時ということもあり往来は多くなかったと思われる。

血痕が続いていた稲生公園へはアパートから北へ徒歩10分もかからない。

『迷宮入り!?未解決殺人事件の真相』(2003年、宝島社)柳川文彦氏の記事によると、奈美子さんは稲生公園を何度か訪れたことがあったが「なんか感じが悪いんだ」と話し、あまり立ち入らなかったと夫・悟さんの証言を得ている。

また犯人の血痕は、公園への最短ルートを辿ってはおらず、公園を目指して移動していたのか、血を洗うためにたまたま公園の水場を見つけて立ち寄ったのかは定かでなかったことから、土地勘がなかったのではないかとの見解もある。

ちなみに、奈美子さんらが11時過ぎに訪れた「きとう小児科」は、稲生公園方面とは逆方向。アパートの南にある用水路を渡って南東方向に位置する。

借りられたままの部屋

夫・悟さんは事件から2020年現在に至るまで、当時の状態のままアパートの部屋を借りている。長男・航平さんは母親についての記憶はほとんど薄れ、2019年に親元を離れて就職。犯人特定につながらないまま、時計の針は進んでいく。

美奈子さんは憧れだった赤い車を買ったこと、家族揃ってのディズニーランドにも行けたこと、母を迎えてマンションに引っ越す予定だったこと、飲食店を営むひとり親の手伝いをしながら育ったことなどから、普通の主婦に憧れていたという。

アパートを事件当時のまま維持(月5万)していることも手伝って、悟さんはメディアにも積極的に登場して情報提供を求めてきた。その際に提供されるご夫婦や一家の写真は、奈美子さんがレシピのファイリングや航平さんの育児記録とともにまめに整理していたものだという。どの写真も“家族の幸せ”を刻んでおり、奈美子さんの航平さんへの愛情や夫婦・家族を大切に思う気持ちが伝わってくる。

結局、部屋を荒らされた形跡もなかったことなどから怨恨の線で捜査は進められ、夫婦の交友関係を念入りに調査されたが、ともに恨みを買うような相手は見つからなかった。

悟さんの前妻にも捜査は及ぶも、静岡在住でアリバイがあり血液型も不一致。目撃された不審な女性が奈美子さんより一回り以上年長で、悟さんと同年代風だったことからして、当初は悟さんの女性関係の線も追及されていたのであろうが、犯人の特定は困難を極めた。

事件に残された疑問点

奈美子さんの午前中の行動

朝の段階で長男・航平さんが熱だった(奈美子さんは育児を疎かにするタイプではなかった)ことから考えて、「図書館に行く」のは後回しにし、まず病院に向かったとするのが妥当ではないか。

9時ごろ悟さんを見送った直後(9:30の宅配前)に家を出たものと考えられる。アパートからかかりつけの小児科へは自転車で約5分だが、病院側の来院記録から「11:10」に来院が確認され、空白の2時間が生じている。

9時過ぎに小児科を覗いたが混雑していたためどこかで時間潰しをして再訪した等の理由が考えられる。この間にトラブルが起きた説もあるが、それならば小児科ではなく交番へでも向かうだろう。

また付近の公園や店などで2時間滞在していれば、目撃情報がありそうなものである。

犯人の遺留品とみられるミルミル

これについては、第三者が渡していた可能性もある。

病院は年配者も多く、そうした方にすれば幼子を抱えたお母さんを見れば「どうしたの?お熱?」など声を掛けやすい。

また製品の幼児向けっぽいチャーミングなネーミングや体に良さそうなイメージから、懐に携帯してきたものを「あげるから飲んで」と好意的にプレゼントしている場面が容易に思い浮かぶ。

「あれは自分が渡したミルミルかも」と心当たりがあっても家族に迷惑をかけたくないあまりに黙秘してしまった可能性も大いにあるし、捜査・調査に対して家族の他の者が対応していて捜査線上から消えてしまった可能性もある。

また製品の特性上、家族の分や数日分をストックする家庭が多く、そうしたものは集まりで配ったり、相手に気を使わせないちょっとしたお礼などにも重宝される。「犯人が自ら持ち込んで自ら吐き捨てた」よりは、奈美子さんが病院かどこかで善意の第三者に貰い、帰宅してテーブルに置いたものを犯人が口を付けたという方がまだ自然なのではないだろうか。

犯人とみられる女性の逃走経路

現場アパートからすぐ東の通りに出て北上すれば最短ルートで公園にたどり着くものの、犯人らしき女性はアパート西側の住宅街を彷徨うようにして公園に向かった。

その道筋を示すのは数mおきに犯人の血痕があったからだ。しかし事件の晩、マスコミの動向を嫌がった県警本部は警察犬による捜査を一時中断、その後降雨によって血痕が消されてしまった。

現場から離れたあとになって公園の水場の存在を思い出したのか、かく乱を狙ったのか、ただ混乱していたのかは不明だが、目撃情報では公園方面から更に東へ向かっていたといわれている。

移動手段が徒歩であること、駅に向かっていないこと、目撃情報が2件しかないことなどから、徒歩圏内に暮らしていた近隣住民と思われる。

不明な犯行動機

犯行動機が非常に見えづらい。当時、新車購入やマンションへの引っ越しも決まっており、「こわいほど幸せ」と知人に話していたことから、(夫や友人が一切関知していない)交友筋で妬みを買っていた可能性も疑われている。

事件のその後

7年間捜査に携わった元愛知県警捜査一課・岡部栄徳さんは「どっかで奈美子さんに逆恨みした人物」ではないかと目星を語っている。セールスの来訪で嫌な経験があった奈美子さんには日頃から来訪者を窓から確認する習慣があったことも“知人”説を裏付けている。

だが通常の思考であれば、逆恨みして刃物を手に住宅街の真ん中にある家に押しかけてくるだろうか。知人であれば電話で、それこそ公園や人目につきにくい河原などに呼び出して事を行うのではないか。また家を知っているほどの関係、過去に来訪歴のある人物がいれば、(不倫などやましい関係でなければ)夫やママ友らに何か言い伝えていてもいいがそれもない。たとえ恨みを抱いた知人としても、まともな人間であれば相手の頸動脈ではなく交友関係を切ろうとする。またその際に何がしか奈美子さんに対する悪口を他人に漏らすだろう。

考えられるのは、午前中の宅配の不在通知があったこと、掃除機やTVなどで室内が慌ただしかったことから、ドアをノックされ、うっかり確認せずにあわてて玄関を開けてしまったシチュエーションである。

加害者が特定されないまま、遺族は感情のやり場を失っている。夫・悟さんが自らの境遇を語るときに使う「中途半端な被害者」という悔しさのにじむ表現に胸が締め付けられる。悟さんも危惧しておられる通り、犯人とみられる女性も存命であれば70歳代に差し掛かり、現実的にリミットは迫っている。一日も早い犯人特定を願うばかりだ。