名古屋市中区・錦3丁目暴行死事件

「弟は2度殺された」会計トラブルから集団暴行、階段から蹴り落とすなどして殺害

2013年11月23日朝、名古屋市中区錦3丁目のバーで、高額な料金をめぐって支払いトラブルとなった病院職員の太田雅人さん(当時39)が、店員の男2人と客の男に暴行を受け、翌日死亡した。

一審名古屋地裁では、客の男が傷害致死罪の実刑、店員2人が傷害罪で執行猶予付き判決となったが、2015年に名古屋高裁が審理の差し戻しを命じた。

2018年の差し戻し審の裁判員裁判は、店員2人に傷害致死罪で実刑を言い渡した。この判決を名古屋高裁も支持。店員2人は上告し、最高裁で係争中。

事件の詳細

2013年11月23日午前7時50分ごろ、名古屋市中区錦三の雑居ビルに入居する飲食店の従業員から「男に殴られている人がいる」と110番があった。

中署員が駆けつけたところ、同市千種区東山元町五、病院職員・太田雅人(まさひと)さん(39)が三階の階段で倒れていた。

署によると、太田さんは顔や頭に殴られた痕があり、硬膜下血腫や肺の損傷などで意識不明の重体。署は目撃情報から、男二人が太田さんに暴行を加えていたとみて、傷害容疑で捜査を行った。

その後、会計をめぐるトラブルで男性客を暴行して死亡させたとして、傷害致死の罪で元店員の山本竜蔵(27)と上坂俊介(26)と客の男(26)の3人が逮捕された。

後述の判決によると、山本と上坂は同日朝、客の太田雅人さんに3人分の飲食代8万6千円を請求し、階段から蹴り落とすなどの暴行を加えたという。客の男(26、既に実刑が確定し服役中)も太田さんに暴行し、死なせたとのこと。

裁判とその後

この事件では、山本、上坂両被告と客の男の計3人が傷害致死罪で起訴されたが、2014年の名古屋地裁裁判員裁判の判決では両被告を傷害罪、客の男を傷害致死罪と認定。

名古屋高裁が2015年に一審判決を破棄して審理を差し戻した。差し戻し後の地裁裁判員裁判の判決では、3人全員に傷害致死罪で懲役10年を宣告。客の男は刑が確定したが、両被告は暴行と死亡の因果関係がないなどと控訴した。

2019年11月29日、名古屋高裁で元店員の山本竜蔵被告(27)と上坂俊介被告(26)に対する控訴審判決が出され、堀内満裁判長は求刑通り懲役10年を言い渡した名古屋地裁判決を支持し、被告の控訴を棄却した。

堀内裁判長は、「店員の暴行で身体状態が悪化。客の暴行で出血を悪化させたとみるのが合理的」として傷害致死罪を認定した一審判決を支持。「手加減せず暴行を続けた経緯や動機に酌量の余地はない」とした一審判決の量刑も「誤っているとはいえない」とした。

「弟は二度殺された」

「事件から6年。実刑にして欲しい、とようやくここまで来たが、悲しみが癒えることは決してありません」。

店員らから一方的に暴行され、命を落とした太田雅人さんの姉・美穂さん(49歳)は2019年11月29日の高裁判決後、名古屋市で会見し、胸の内を明かした。

病院職員だった雅人さんとは2人姉弟で「いつも真っすぐで、自分のやりたいことに向かって一生懸命。趣味がカメラで個展を開くのが夢でした」と雅人さんについて語った。また、雅人さんには婚約者もいた。そんな弟の無残に変わり果てた姿が忘れられないという。

美穂さんは被害者参加人として裁判所の法廷に5回以上立ち、「加害者3人に最も重い刑を」と訴えた。2014年の一審判決で3人のうち店員2人が傷害罪となり、執行猶予がついたときは「弟が二度殺されたようなショックでした」と振り返った。

この日は、支援者ら約20人と控訴審判決を傍聴した。雅人さんの遺影は婚約者だった女性が手にした。美穂さんは「長くて難しい内容の裁判で精神的にも体力的にも大変でした。事実に即した判決をいただきほっとしている。でも弟にあれほどの暴行をしても殺人罪にならず、懲役10年という量刑はこれから先も納得はできません」と話した。

親友の「理不尽な死」

人気漫画「鬼門街(きもんがい)」を描く永田晃一さん(45)は、作品を通じて、世の中の不条理さを自分ごととして考えてほしいと訴えている。執筆のきっかけは、親友の「理不尽な死」だった。それが、本事件である。

2013年11月23日、東京都内の自宅で仕事中だった永田さんのもとに、友人から電話が入った。「マー君が意識不明の状態で発見されて病院に担ぎ込まれた」

マー君は、地元・名古屋で保育園からの幼なじみの太田雅人(まさひと)さんのことだ。電話の向こうでは、太田さんが事件に巻き込まれたと言っていた。理解できなかった。理学療法士として働き、真面目でけんかをするような人ではなかったはずだ。すぐに荷物をまとめ、新幹線に飛び乗った。

夕方、到着した病院のベッドには、何本もの管が体につながった親友がいた。顔は3倍にも膨らみ、記憶にある顔ではなかった。布団から出た足だけが、見覚えがあった。永田さんは手を握り、泣き崩れた。

翌日、親友は息を引き取った。

愛知県警は太田さんを暴行した男らを逮捕した。

後で分かったのは、事件当日、太田さんは客として訪れたバーで高額な料金を請求されたということ。支払いをめぐって店員らとトラブルになり、執拗(しつよう)に暴行されたということだった。

永田さんにとって、太田さんは「フラットでいられる友達」だった。授業を抜け出したりけんかをしたりと、やんちゃだった永田さんに対し、太田さんは運動も勉強もできるクラスの人気もの。正反対だったが、不思議とウマがあった。

永田さんが18歳で上京し、「漫画家になる」と宣言したときは、何も言わず応援してくれた。会えばいつも「お酒飲みすぎ」「たばこ控えなよ」と体の心配をしてくれたという。

また、2人は何度も一緒に旅行に行った。事件の1カ月前も、友人家族らと石垣島に遊びにいったばかりだった。次は屋久島に行こうと、約束をしていた。

太田さんが亡くなってから、永田さんは布団から起き上がれず、漫画が描けなくなった。当時連載していた作品は、不良高校生の青春もの。ケンカの描写が多かった。いざ描こうとすると、病院でみた太田さんの顔が浮かんで、筆が止まった。休載せざるを得なかった。

なぜ死なねばならなかったのか――。

考え続けて約1カ月。相変わらず答えは出なかったが、永田さんは仕事を再開した。自分が太田さんのためにできることは、漫画を描くことだと思ったからだ。そのときには「鬼門街」の構想が固まっていた。

主人公の名前は「マサト」。まったく同じだと感情移入しすぎると思って、1文字違いにした。

作品では、母親を殺害された少年が、見ず知らずの男らから暴行を受けて亡くなりかけるが、鬼に魂を売って生き延び、手に入れた鬼の力で、同じく鬼に魂を売った不良や罪を犯す人たちと相対していく。「俺がマー君と同じ立場なら、鬼に魂を売ってでも生きたいと思っただろうな、と思って」と永田さん。

登場人物のセリフには、自分の思いを重ねた。

「殺されるいわれのない死に方なんかに意味なんてものは存在しやしない」

「こんな不条理がまかり通ってしまう世の中になんて、神様なんかいやしない」

「鬼というものはネ、人の心の闇に潜んでる魔物なの。誰の心の中にも鬼はいるものなのよ。その鬼を退治できるかどうかは、自分の心次第」

「もし自分が登場人物の立場になったら、どんな行動をとるのか。答えはないけれど、読者に想像してほしい」と考え、事情を抱えた人物たちを登場させているという。

離婚した夫に似た息子を愛せず虐待する母親、派遣切りや引きこもりなどを経験した結果、社会に報復しようとたくらむ男、妹に性的虐待をしていた義父を手にかけた青年……。

読者が想像しやすいよう、登場人物が殴られた時の表情や心理描写にもこだわった。

「越えてはいけない一線を越えそうになることは、誰にでも起こりうる。ただ想像をしていれば、その瞬間、抑止力になるかもしれない」

鬼門街の単行本1巻の冒頭には「太田雅人に捧ぐ」と記した。あとがきには、この作品を書こうと思ったきっかけを正直につづった。読者にメッセージを押しつけてしまわないか心配もあった。でも、ツイッターなどで「考えさせられた」というコメントを見ると、胸が熱くなる。

自宅のリビングには、太田さんの写真と、分けてもらった遺骨がある。「目があったら、いい笑顔してんなって心の中で言ってますよ」。毎日、線香をそなえ手をあわせる。時々、夢にも現れる。「亡くなっているけど、僕の中では生きていて、今も当たり前にそばにいるんです。いや、自分がそう思おうとしているのかもしれないですけどね」

連載開始から5年がたち、2020年7月現在は続編にあたる「鬼門街KARMA」を隔週発行の「ヤングキング」(少年画報社)で執筆中。単行本は、シリーズで計18巻が出版されている。最近では、漫画アプリの配信で読む人も増え、女性読者も広がっているという。

少しでも、この社会から「理不尽な死」がなくなりますようにと願いを込めながら、永田さんは筆をとる。