西成区麻薬中毒者殺人事件

覚せい剤中毒の男、自宅アパートで無差別殺人

1982年2月7日、大阪市西成区のアパートで無差別殺人が発生した。

犯人として、同アパートの住民で覚醒剤を乱用していた橋田忠昭(47歳)が逮捕された。

犯行の経緯や動機

犯人の橋田は学生時代から暴力や詐欺等の事件で度々警察に補導されていた。15歳の頃に先輩から覚醒剤をもらって使用し、中毒に陥る。両親に知られた後は家出し、スリや空き巣を繰り返して3度刑務所に服役している。

橋田は当時ホステスをしていた妻と結婚。息子を授かった後に、妻は橋田の本性を知る。橋田は覚醒剤を買うため、妻をソープランドで勤めさせた。

橋田は両親に対しても二度と覚せい剤はやらない、息子が生まれたため生活費の援助をして欲しい等と更生を装って預金通帳や家の権利書を持ち出して家を売却。その金で覚せい剤を購入した。

橋田は覚醒剤の長期乱用で幻覚や幻聴に襲われるようになり、被害妄想から妻を切りつけ、殺人未遂で逮捕、懲役3年の実刑判決を受けた。

出所後も妻の収入や生活保護による援助で覚醒剤を乱用し、幻覚や幻聴から妻や息子に対して暴力を振るっていた。その様子を近隣住民も不安に思い、警察に通報していた。

1982年2月7日午前9時45分、橋田は妻と口ゲンカになり、妻に罵られて手を振り払われたことで橋田の怒りが爆発。台所から刃渡り20cmの包丁を持ってきて妻の胸を包丁で刺した。

止めに入った息子を刺して振り払い、橋田宅の隣部屋へ押し入り夫(34歳)と妻(47歳)を刺した。

夫妻の悲鳴を聞きつけ通報しようとした女性(34歳)を追い回し、自宅に逃げ込んだところを押し入って、たまたま訪問していた同じアパートの女性(49歳)の胸を複数回刺した。

橋田は1階へ降り、丁度通勤のためにアパート廊下へ出た女性(20歳)の顔を切りつけ、室内から駆けつけた父親(56歳)の胸を刺した。

橋田は逃亡、最後の被害者である父親は橋田を追いかけたが、途中で力尽き死亡した。

その後、橋田は路上をうろついていたところを警察に取り押さえられて逮捕された。

この事件で3人が重軽傷を負い、四人が死亡した。

橋田は取り調べで動機について、アパートの住民や妻子がグルになって自分に嫌がらせをしたためと供述している。

判決とその後

1984年4月20日、大阪地裁は橋田が覚醒剤による心身衰弱状態であったとして、無期懲役の判決を下し、控訴せず確定した。