鬼熊事件

村の人気者が殺人事件、大勢の村人らが捜査撹乱するも温情判決

1926年に千葉県香取郡久賀村で小間物屋に奉公していた吉沢けいさん(27歳)と店主の岩井長松さん(49歳)が殺害され、菅沢種雄さん(42歳)の自宅が放火された。

犯人として吉沢さんと肉体関係にあった荷馬車引きの岩淵熊次郎(35歳)が捜査線上に上がったが岩淵の自殺により終わった。

犯行の経緯や動機

犯人の岩淵は久賀村で荷馬車引きとして働いており、妻や5人の子供と生活していた。

岩淵は仲間に酒などを奢り、高齢者や村人の仕事を手伝う等していたため村人に信頼されていた。

一方では女性関係でトラブルを起こすことが多々あり、岩淵が吉沢さんと出会った後では吉沢さんに好意を持っていた他の男性に諦めさせようとしていた。

当事件より2ヶ月前である6月25日の夜、岩淵は吉沢さんの祖父が経営する居酒屋で、菅沢さんと共にいるところを発見して怒り、吉沢さんのと菅沢さんを引きずり回す等の暴行を行って傷害や脅迫の罪で告訴され7月8日に収監。懲役3ヶ月、執行猶予3年の判決を下された。

1926年8月17日に出所した岩淵は事件当日となる同月20日、吉沢さんに会いに行ってよりを戻すよう頼むが断られて激怒。

岩淵は吉沢さんを薪で撲殺。止めに入った吉沢さんの祖母に重症を負わせた。

更に吉沢さんと情夫の仲を取り持っていた菅沢さんの自宅へ放火。吉沢さんと交際していた情夫と吉沢さんの奉公先である小間物屋店主の岩井さんも殺害し、駆けつけた警官に重傷を負わせて山中へ逃亡した。

岩淵は鬼熊と呼ばれて、警察官や消防団、青年団等約5万人を動員して山中を捜索した。

しかし過去に岩淵に世話になり事情を知っていた村人らが岩淵を匿い、また嘘の情報を流す等で捜査を攪乱した。

また岩淵は捜査員へ怪我を負わせ、9月11日には巡回中の警察官を鎌で斬殺した。

同月29日、岩淵は自殺を試みて首吊りや頚動脈を切る等したが未遂に終わった。

9月30日、岩淵は墓所に逃げ込み、恨みはすべて晴らしたとして取材に来ていた新聞記者や知人の前で村人の用意した毒入りの最中を食べて剃刀で喉を切り自殺した。

判決とその後

岩淵を匿い、また自殺に立ち会った村人や新聞記者の裁判が開かれた。

自殺幇助を行った記者や知人らへは執行猶予つきの温情判決が下され、村人らも無罪となった。

また当時のマスコミによって岩淵が大々的に報道されたため、鬼熊の名前は全国へ広まった。