パロマ湯沸器死亡事故

パロマ湯沸器リコール、当時の社長らに業務上過失致死

1996年3月18日、東京都港区南麻布のワンルームマンションに住む男性(21歳)が自室で死亡しているところを友人によって発見された。

捜査の結果、パロマ工業が1980年4月から1989年7月にかけて製造した屋内設置型のFE式瞬間湯沸器の排気ファンが動作不良を起こしたことによる一酸化炭素事故であることが発覚。

また同様の事故が多数発生、報告されていたものの消費者に告知が行われていなかったことが明らかになった。

経済産業省から2006年8月28日付けで回収命令が出されている。

最終的に、昭和60年からの20年間で事故は28件(死亡21人、重軽症19人)発生した。しかし、21人もの犠牲者を出したものの、業務上過失致死罪の時効は5年なので、刑事事件となったのは、平成17年に東京都の18歳の大学生が死亡した事件だけであった。

犯行の経緯や動機

1985年から1996年3月までの間にパロマ工業製の湯沸器による一酸化炭素中毒で15人が死亡、本社担当部門が把握し、遅くとも1992年には当時社長であった小林敏宏が報告を受けていたが、消費者に対して一切の告知を行わなかった。

1996年3月18日、東京都港区南麻布在住の男性がマンション自室で死亡しているのを友人が発見。解剖により死因は心不全とされ、母親は精神的ショックから男性の遺体を見ないまま葬儀が行われた。

母親はそのことを後悔し、男性の死亡から10年後の2006年2月、赤坂署へ当時の写真を見たいと頼んだが残っておらず、代わりに監察医務院から遺体検案書を送ってもらった。

遺体検案書には一酸化炭素中毒が死因であると書かれており、原因を探すべく監察医務院を訪ねたが、発生原因は不明と伝えられた。母親は死因を突き止めるよう赤坂署に訴え、更に相談を受けた警視庁捜査一課によって捜査が行われた。

湯沸器を鑑定した結果、不完全燃焼によって高濃度の一酸化炭素が発生することが判明。同種の湯沸かし器は国内外で広く使われていたため、経済産業省による全国的な調査が行われた。

同年7月14日、経済産業省はパロマ工業製の湯沸器による一酸化炭素中毒で、これまで全国で15人が死亡していることを発表。しかし、一連の事故原因は、器具の延命等を目的に安全装置を解除したサービス業者による不正改造が原因として、パロマ工業から謝罪はされなかった。

4日後の7月18日、経済産業省の調査とは別に10件の事故が判明し、事故件数27件・死亡者20人になった。さらに、事故原因の一部が安全装置の劣化である事や、1992年当時社長だった会長の小林敏宏会長へ一連の事故報告がなされていたことを明らかにし、敏宏は辞任を表明した。また、弘明は「経営者としての認識の甘さや社会的責任に関して、本当に申し訳なく思う。深くおわびしたい」と謝罪表明した。

また、その後の会見でも「事故の原因は製品の欠陥ではない。不正改造を指導、容認した事実はなく関与した社員もいない」と主張した。

2007年10月12日、2005年11月に東京都港区で発生した死亡事故において、同社の前社長及び前管理部長、そして既に死亡している同社代理店の作業員が業務上過失致死傷容疑で書類送検。

同年12月、東京地検によって同社の前会長らが業務上過失致死傷容疑で在宅起訴された。

判決とその後

2010年5月11日、東京地裁で「生命の危険を伴う製品を提供する企業として、多くの死傷事故を認識しながら修理業者への注意喚起では不十分、製品回収などの抜本対策を怠った」などとして前社長に禁固1年6ヶ月の執行猶予3年、前管理部長に禁固1年の執行猶予3年が言い渡され、控訴せず確定した。

2012年12月21日、東京地裁は、提訴した東京都港区の遺族に対し、同社と修理業者に計約1億2千万円の支払いを命じる判決を出した。これまでに札幌、大阪両地裁で計5件の訴訟が起こされていたが、3件で和解が成立(但し帯広の1件はパロマ側が法的責任を否定し、謝罪を拒む等した為、遺族側が反発し、札幌高裁まで縺れ込んだ)1件はパロマに賠償を命じた。

パロマ側は控訴せず全ての裁判が結審となった。