斎藤勇東大名誉教授惨殺事件

95歳の名誉教授、統合失調症の孫に刺され死亡

1982年、東京大学名誉教授で文化功労者の斎藤勇(たけし)さん(95歳)が東京都新宿区南榎町の自宅で孫X(27歳)に殺害された。

Xは病院で統合失調症の診断を受け入院していたが、事件当日は自宅で過ごし、家主でありXの父である斎藤真さんとその妻は名古屋に出張中であった。

犯行の経緯や動機

Xは1978年春に慶應義塾大学法学部を卒業し、同年米国に留学。翌年に帰国した後、慶應義塾大学大学院に入学するも1年経たず中退。また東京神学大学に入学するも、同年に中退。翌年に再び渡米したが、菜食主義から栄養失調に陥り、同年に帰国した。

Xはキリスト教の異端の宗派や神秘学に傾倒し、日本語を話さず、日常会話は英語のみで話すようになる。

Xは千葉県旭市の海上寮療養院で統合失調症の診断を受けて入院。しかし事件当日は自宅で過ごし、真夫妻は名古屋に出張していた。

1982年7月3日からXが何も食べず様子がおかしくなり、家政婦の連絡を受けて母親が急遽帰宅。翌日に海上寮療養院に電話で相談するが、病院からは、とにかく刺激しないよう、詳しい様子を観察して知らせるよう指示を受ける。

Xは一時的に平静を取り戻したが、午後になるとXは興奮状態に陥り、英語で意味不明なことを叫んだ。

午後1時20分頃、台所から刃渡り18cmの柳刃包丁とナイフを持ち出し、勇さんの書斎に侵入。母親や家政婦の制止を聞かず、勇さんに本や新聞を投げつけ、金属製の置時計で勇さんの頭部を殴打し、眉間に柳刃包丁を9cm突き立てた。勇さんはその場で死亡。死因は外傷性クモ膜下出血であり、頭部や顔面に多数の傷を負っていた。

また、母親は1ヶ月の重傷、家政婦も負傷している。

近隣住民の通報で警視庁機動捜査隊と牛込署員が駆けつけたところ、Xは家政婦の部屋の押し入れに隠れており、警視庁機動捜査隊赤羽分駐所主任の警部補(54歳)をナイフで襲撃。顔等を刺され、後に死亡が確認された。

午後2時15分頃、Xは他の捜査員にナイフを叩き落とされ逮捕された。

Xの犯行の動機を当時のメディアは劣等感によるものと報道したが、これには賛否ある。

判決とその後

事件後、Xの自室から日記が発見された。事件当日には、綴りを逆さにした英語の文章で「地球の人類は悪魔だ。私は、悪魔を殺せとの指令を神から受けた」等と書かれていた。

Xは精神鑑定の結果、心神喪失が認められ、10月12日に不起訴処分となった。