東京都台東区・乳児16時間放置死事件

3か月乳児を自宅マンションに16時間放置し、死亡させた事件

2020年7月24日、生後3か月くらいの女の子を自宅マンションにおよそ16時間、置き去りにして外出していたとして、30歳の母親が、保護責任者遺棄の疑いで警視庁に逮捕された事件。

一方で、シングルマザーの孤立化の問題を浮き彫りにする契機となる事件でもあった。

事件の経緯と詳細

逮捕されたのは、東京・台東区日本堤(たいとう・にほんづつみ)の職業不詳、坂元愛(さかもと・あい)容疑者(30歳)。

警視庁によると、7月22日の夕方から前日23日の午前10時ごろにかけて、およそ16時間、自宅マンションの部屋に生後3か月くらいの娘を置き去りにして外出していたとして、保護責任者遺棄の疑いがもたれた。

外出先から戻った坂元容疑者が、意識がない状態の娘を発見し、「娘の意識がない」と自ら消防に通報したが、女の子は搬送先の病院で亡くなった。

坂本容疑者は調べに対し、「出かけるときは生きていた」という趣旨の供述をし、容疑を認めている。

坂元容疑者は娘と2人暮らしだったということで、警視庁はどこに外出していたのかなど、詳しいいきさつについて捜査を進めた。

なお、目立った外傷は確認されておらず、同署は死因や放置した経緯についても並行して捜査が行われた。

生活費を稼ぐため

2020年7月25日、保護責任者遺棄容疑で逮捕された自称アルバイト坂元愛容疑者(30)が、「生活費を稼ぐため、子どもを寝かせて(仕事のために)外出した」と供述していることが、警視庁浅草署より公表された。

浅草署によると、目立った外傷はなく、司法解剖したが死因は不詳。坂元容疑者は長女とみられる女児と2人暮らしで「結婚歴はない」と説明しており、署が育児や仕事の状況を捜査していくこととなった。

司法解剖については、7月23日、搬送先の病院で女児の死亡確認後に行われたが、前述の通り、死因は特定できなかった。

同署は、病理検査を行って引き続き死因を調べるとともに、保護責任者遺棄容疑で逮捕した職業不詳の坂元愛容疑者(30)を25日に同容疑で東京地検に送検し、女児が放置された状況を調べている。

7月28日、その後の捜査で、保護責任者遺棄容疑で逮捕された職業不詳の坂元愛容疑者(30)が「(女児を)自宅で出産し、出生届は出していない」と供述していることが報じられた。その為、警視庁浅草署は女児が無戸籍だったとみて確認を進めた。

坂元容疑者は同24日の逮捕後、自宅で約3か月前に女児を出産し、自治体への出生届は出していないと前述の通り供述。女児に名前をつけ、母乳で育てていたという。放置した理由については「生活のために仕事に出かけた」と話しており、同署が当時の状況を調べている。

誰も頼ることができなかった母親

自宅のトイレで出産

「娘の意識がない」

警視庁に保護責任者遺棄容疑で逮捕された母親のマッサージ店員・坂元愛容疑者(30歳、鑑定拘留中)は7月23日午前10時10分ごろ、勤務先から帰宅して119番した。

長女は搬送先の病院で死亡が確認された。司法解剖で死因は判明しなかった。胃には母乳が残り、暴行をうかがわせる痕はなかった。

坂元容疑者は帰宅するまでの約16時間、長女を自宅に放置したとして逮捕された。「生活費を稼ぐために、寝かせてから仕事に行った。出かける時は生きていた」と供述したという。

知人らによると、坂元容疑者は東京都出身。私立大を中退した後は定職に就かず、居酒屋やファストフード店などでのアルバイトで生計を立てていた。

状況が大きく変わったのは今年2月ごろ。体調の変化に気づき、妊娠を疑い始めたが、「父親は誰か分からなかった」。捜査関係者によると、ごく一部の友人には妊娠について相談したが、中絶できる時期を過ぎていることが分かり、この話をすることはなくなったという。

坂元容疑者は調べに、当時の心境を「妊娠に気づいているような、でも、気づきたくないような。現実逃避をしたかった」と供述したという。一度も病院に行かないまま、4月、自宅のトイレで長女を産んだ。

友人や近所の人は取材に対し、出産を知らなかったと口をそろえる。2月に会ったという以前の勤務先の同僚の20代の男性は「いつもと変わらずに明るく、おなかが大きいことも分からなかった。子どもの話なんて一切出なかった」と振り返った。「周囲に気を使わせたり、干渉されたりするのを嫌がったのかもしれないが、悩んでいたのなら相談してほしかった」と話し、近所の人も「子どもがいるとは気づかなかった」と事件に驚いた。

実家との希薄な関係

実家との関係も薄かったようだ。

坂元容疑者は2019年12月のフェイスブックへの投稿で、実家の母親から「勤務先で孫がいないのは私だけ。同僚の会話に入れないの可哀そうと思わないの?年ごろだから早くしないと子どもを産めなくなるよ」と言われたことを明かし、「そんな人に孫を見せたくない。妊娠してもおろす」と不快感をにじませていた。年末年始に帰省を求められても「死んでも帰らない」と書き込んだ。

長女を一人で育てようとした坂元容疑者は生活費を稼ぐため、マッサージ店で働き始めた。出生届は出していなかったが、咲來(さくら)と名付け、携帯電話に何枚もの赤ちゃんの写真を保存していた。捜査幹部は「計画性がなく責任感に欠けていたと言わざるを得ないが、子育ての仕方をよく分かっていなかった面もあるのではないか」と推測した。

逮捕された7月24日、浅草署から移送される際の坂元容疑者は終始うつむき、足元もおぼつかない様子だった。「娘を預ける所がどこにもなかった」とも供述したという。

小さないのちのドア

思いがけない妊娠などに悩む女性の相談を受ける一般社団法人「小さないのちのドア」(神戸市)代表理事の永原郁子さん(63)は、「母親はお産の時、どれだけ不安だっただろう」と話したうえで、「何の罪もない赤ちゃんが亡くなってしまった。このケースを特殊な事例として片付けてはいけない」と、東京新聞の取材に対して話している。

坂元愛容疑者が住んでいた台東区の担当者は「妊娠や出産が知らされず、子どもも無戸籍だったので対応のしようがなかった」と話す。一方、永原さんは「行政の支援の網の目からすり抜けてしまう女性はたくさんいる。彼女たちが相談しやすい環境整備を急ぐ必要がある」と指摘する。

行政の相談窓口は時間帯が限られることが多く、担当者との面会や電話は心理的なハードルが高いと感じる女性は少なくない。このため民間団体には、周囲に相談相手がいなくて孤立したすえ、思い詰めて夜中に突然相談を寄せる女性も多いという。

小さないのちのドアは24時間態勢で助産師らが無償で相談を受け、女性が病院や行政機関に向かう時に同行するなどのサポートを続けてきた。2018年9月の開所から2020年6月までに全国の約800人から延べ約7700件の相談があり、このうち妊娠後期になっても産院を未受診だった人は92人に上ったという。月平均で4.2人の計算だ。

若い女性が気軽に相談しやすいよう、無料通信アプリ「LINE(ライン)」でも相談を受けるが、「相談者はこちらが信頼できる相手なのか探り探りだ。何とかつながっても、こちらの返信が遅れるとやり取りが切れてしまう」と、永原さんは難しさを語っている。

生活支援の重要性

母親が妊娠や出産について周囲に相談できず、子どもを死なせてしまう事例を防ぐため、厚生労働省は令和2年度から、都道府県(政令市と中核市を含む)がネット交流サービス(SNS)を活用して相談などを行った際にかかる経費について、半額を負担する制度を設けた。

都道府県が非営利組織(NPO)などの民間団体に業務を委託することを想定しており、複数の自治体が制度を活用することを検討しているという。

永原さんは「相談態勢を充実させるために公的な資金が投入されるのは一歩前進」と語る一方、民間の慈善活動では限界があるとして、行政にさらなる資金面のサポートを望む。

小さないのちのドアは現在、住居がなくネットカフェなどを転々とせざるを得ない妊婦が身を寄せることができる施設を建設中だが、寄付に頼っているのが実情だという。

「まず、悩みを打ち明けられないで困っている女性を見つけて話を聞き、その後の生活支援とセットでサポートすることが今回のような事件を防ぐことにつながると思う」と話している。