三軒茶屋駅銀行員暴行殺害事件

2020年07月

唐突だが、さだまさしの『償い』という歌を聴いたことがあるだろうか

2001年4月28日0時前、、東京都世田谷区の東急田園都市線中央林間行きに乗っていた少年達が、近くに座っていたチェース・マンハッタン銀行東京支店に勤める牧顕さん(43歳)と足を踏んだ踏まないで口論となり、三軒茶屋駅停車中にA(当時18歳)とB(当時18歳)が牧さんを殴り、意識不明の重態にさせた。

5月4日朝、牧さんが入院先の病院で死亡。同日夜、神奈川県相模原市に住むBとC(当時18歳)が「三軒茶屋の事件は僕がやった」と神奈川県警相模原署に相次いで出頭した。さらにAとD(当時18歳)が4日深夜から5日未明にかけて警視庁町田署に出頭した。

東京地裁の山室恵裁判長は、傷害致死罪に問われた19歳の少年2人に懲役3年以上5年以下の不定期刑を言い渡した後「唐突だが(シンガー・ソングライターの)さだまさしの『償い』という歌を聴いたことがあるだろうか」と語りかけ、反省を促す説諭をした。

事件の経緯と動機

2001年4月28日、A(当時18歳)とB(当時18歳)は、友人のC(当時18歳)とD(当時18歳)と渋谷で遊んだいた。午後11時53分、Aら4人は帰宅するために東急田園都市線水天宮発中央林間行きの普通電車(10両編成の前から3両目)に乗りこんだ。当時電車はゴールデンウィーク初日の終電前で混雑しており、Aたちが立っていたところ、Bが前には座っていた牧顕さん(43歳)が座っていた。

牧顕さんは鳥取県出身で独身。2001年1月から4月30日までチェース・マンハッタン銀行東京支店の契約社員をしており、同28日以降は休日だった。事件当時は都内で酒を飲んで帰宅途中だったとみられる。事件当時、婚約者もいた。

電車が渋谷駅を出てまもなく、牧さんとBが「足を踏んだ」「踏まない」で口論になり、池尻大橋駅を出た後、牧さんが「次の駅で降りろ」と言った。

電車が三軒茶屋駅に到着すると、牧さんは電車を降り、Bたちにも降りるように行った。Bたちは一旦ホームに降りたものの、この電車がAたちの自宅付近まで行くことのできる最終電車だったことから、牧さんを置き去りにしようと再び電車に乗りこんだ。しかし、牧さんがBを追い駆け、閉まりかけていた電車のドアを力づくで開けて乗りこんでこようとしたため、AとBは牧さんの手を殴りつけたり、胸腹部を蹴ったりした。

やがて電車のドアが再び開き始め、牧さんはAさんを引きずり出そうとするが、その際Aのスウェットが破れた。これに怒ったAとBが牧さんを数回殴り、ホーム上に転倒させた。その後も電車を降りたAたちは10分近く殴る蹴るの暴行を続け、牧さんは血まみれになり、意識不明となった。4人は犯行後、ホームの階段を駆け上がって逃走。自動改札機を乗り越えたりはせず、切符か定期券を入れて走り去った。

5月4日午前7時45分ごろ、牧さんは搬送先の病院で外傷性くも膜下出血により亡くなった。テレビで牧さんの死を知ったBは家族に打ち明け、4日午後9時半頃に出頭した。AはCから牧さんの死を聞き、同日11時55分頃、家族に付き添われ出頭した。

判決とその後

2002年2月19日、東京地裁はAとBの二人に対し、懲役3年以上5年以下を言い渡す。

この法廷で山室恵裁判長は、さだまさしの歌を引用した。判決言い渡し後「唐突だが、さだまさしの『償い』という歌を聴いたことがあるだろうか」と質問。

少年2人はキョトンとした表情だったという。

裁判長は「この歌の、せめて歌詞だけでも読めば、なぜ君たちの反省の弁が人の心を打たないか分かるだろう」と続けた。

『償い』はさだまさしが作詞、作曲。知人の実話にもとづいた作品で、雨天に運転中、道を横切った男性をはねて死亡させた若者を歌っている。若者は遺族に仕送りを続け、事故から7年目に遺族からの手紙を受け取るという内容のものだ。