狭山事件

2020年3月4日

トトロの元ネタとして都市伝説で有名な事件は、実は「被部落差別集落への見込み捜査による冤罪事件」だった可能性。

1963年(昭和38年)5月1日、埼玉県狭山市で女子高生が行方不明になり殺害され事件とは全く関係のない被差別部落の少年、石川一雄さん(当時24歳)が犯人として逮捕された冤罪事件である。

事件概要

事件当時、川越高校入間川分校別科1年生だった中田善枝さんが下校途中に行方不明となり、身代金要求の脅迫状が送られた。

しかし警察は身代金を取りに現れた犯人を取り逃がしてしまう。

事件付近の被差別部落が犯人だという見込みのもと、近所の養豚場業者を中心に捜査を行い、同年5月23日に元従業員の石川さんを別件逮捕し嘘や脅しで虚偽の自白をさせ犯人にさせた。

石川さんは、31年7ヶ月の拘禁死活の末に1994年(平成6年)12月21日に刑務所を仮出所したが今もなお無実を訴え再審請求中である。

事件の経緯

1963年5月1日、埼玉県狭山市で当時高校1年生だった中田善枝さんが行方不明になり、その日の夕方、犯人から20万円を要求する脅迫状が届けられた。

警察はこの脅迫状から誘拐事件と断定し、身代金受け渡し場所に40人もの警察を張り込みさせたにも関わらず、身代金を取りに現れた犯人を取り逃がすという大きな失態をしてしまう。

同年5月3日、警察が大掛かりな山狩りを開始するも、行方不明になって4日後となる5月4日に、入間川沿いの麦畑で、乱暴・絞殺された中田さんの遺体が発見された。

犯人を取り逃した結果、「吉展ちゃん誘拐事件」のわずか2か月後であったことに加え、事件が最悪の結末を迎えたことで、日本中が警察能力に対して不満の声をあげた。

焦りと捜査にいきづまった警察は、付近の被差別部落に見込み捜査を集中し、なんら証拠もないまま石川一雄さん(当時24歳)を別件で逮捕をしたが、取り調べはずさんなものだった。

約1カ月に渡った取り調べで、ウソや脅しで石川さんに虚偽の自白をさせて、犯人にでっちあげた。

そして、農道に埋められた善枝さんの死体が発見された時に、狭山の地域住民が「あんな酷い殺し方をするのはあの地域の人間だ」と被差別部落民のことを指す差別意識やメディアやマスコミの差別報道からこのような冤罪事件が生まれた。

事件後

一審で石川さんは警察との口約束を信じて罪を認め判決は死刑になったが、収監中に自分は警察に騙されていたと気づき二審の冒頭で犯行を全面否定した。しかし1977年に無期懲役判決が確定した。

ただちに石川さんは、再審請求を申し立てをするも、第一次再審請求は事実調べも全くないまま棄却される。

1986年8月に東京高裁と東京高検に、すべての証拠の開示と事実調べを行うよう第二審の再審請求を申し立てを求めた。

1994年(平成6年)12月21日に石川さんは仮出獄をし再審請求を求める中、1999年7月9日、東京高裁・高木裁判長はまたも事実検証も行なわないまま、再審請求を棄却。

この不当な棄却決定に対し、7月12日、弁護団は直ちに東京高裁に異議申立をおこない、今もなお石川さんは無実を訴え再審請求中である。

被差別部落の貧しい農家に生まれた石川さんは、小学校にも満足に通うことができず、読み書きもほとんどできなかった。

石川さんは獄中でも「虚偽の司法取引によって自白を強要された」「事件に巻き込まれたのも、知識や教養がなかったせいだ」と訴え、無実を主張していた。