性犯罪の再犯抑止としての「去勢」

2020年09月

性犯罪の現状

はじめに、平成26年~平成30年までの、強制性交等に関する検挙件数の推移は、次のようになっています。

※「強制性交等」という表記は、刑法の一部が改正(平成29年7月13日施行)されたことにより、強姦の罪名、構成要件等が改められたことに伴い、「強姦」が「強制性交等」に変更されたことに基づきます。旧強姦罪であった、"女子を姦淫したものは”の表記が改正され、男性も被害者として認められるようになりました。また、肛門や口腔への性的暴力も、改正以前は適用外でした。閑話休題。

統計資料の通り、いわゆる性交を伴う"強姦(レイプ)"については、平成28年まで検挙件数は減少傾向にありました。

しかし平成29年以降、強制性交等についてはその検挙件数が上昇しています。
(平成31年1月~4月および令和元年5月以降の総数は9月末の時点で915件となっています。)

ちなみに、法務省が実施した「平成24年度犯罪白書 第4回犯罪被害実態(暗数)調査」の結果によると、性的事件の警察への届け出率はわずか18.5%となっています。

つまり、"被害に遭ったにも関わらず、届け出を出していない人"が81.5%もいるということになりますので、実際にはまだまだ性犯罪者がウヨウヨいる可能性が高い、ということになりますね。(児ポを含めるとさらにひどい実態が分かりますが、本記事では割愛します。) 平成29年7月の改正による影響も考えられる一方で、このように検挙件数が増加傾向にあるということを踏まえ、話題とされているのが「性犯罪者の再犯防止策」についてです。

そもそも、どんな刑罰があるのか

現在(2019年11月14日)時点の日本では、次のようになっています。

  • 強制性交等罪(刑法177条)
    十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。

なお、改正前(旧強姦罪)は次のように示されていました。

  • 強姦罪
    暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。

要するに、改正前の条文を踏まえれば、「懲役5年程度となる場合が多い」ということです。
(未遂であったり、"起訴後に"被害者との示談が成立した場合には執行猶予となることもあります。)

「有期懲役」から生じる議論

問題となるのは、現強制性交罪は「有期懲役」であるということです。

日本における有期懲役の上限は、基本的に20年とされているため、犯人は遅くとも20年以内には刑務所から出てくるのです。

性犯罪者は「性的な欲求」が動因の根底にありますが、刑期を満了したからといって性的欲求がなくなるわけではありません。

また、刑務所や保護観察所では、性犯罪者に対して、認知行動療法を基礎にした「更生プログラム」が用意されていますが、これは、罪を犯す自分を正当化するような「認知のゆがみ」を修正するものではありますが、性欲自体を抑制するものとはなっていないのです。

再犯調査対象者のうち,最初の再犯が性犯罪であった者(197人)について,刑事確定記録を用いた調査から把握可能な範囲において,性犯罪再犯に係る犯行の計画性とその動機について調べた。その結果,犯行時に通常の通勤等のルートとは異なる電車に乗って移動していたり,犯行場所の下見をしたりするなどの何らかの計画性や,事前に犯行に関連するような性的な思考や空想が認められた者は,160人(不明を除く有効回答に占める割合が89.4%)であった。
次に,動機については,想定し得る項目をあらかじめ複数設定した上で,主として捜査段階及び裁判時における供述内容を基に,性犯罪再犯に至った動機として前記項目に該当するものを選別して集計する調査を行った(重複計上による。)。該当する比率が高かった項目を順に示すと,性的欲求充足のほか,接触欲求充足が117人(不明を除く有効回答に占める割合が65.0%),ストレス等の発散が70人(同38.7%),スリルが37人(同20.6%),支配欲求・優越欲求充足が12人(同6.7%),自暴自棄が8人(同4.4%),その他が64人(同35.6%)であった。

引用元:平成27年版 犯罪白書(2)

というように、再犯者の65%が「性的欲求充足のほか、接触欲求充足」を動機として再犯に至っています。

ちなみに、実際に再犯率がどのようになっているかの詳細は、こちら(平成27年版 犯罪白書)を参考にしていただくとして、単独で犯行に及んだ検挙者に限定しての再犯率は約1%程度だと示されています。
※白書平成30年版犯罪白書「刑法犯 成人検挙人数の前科の有無別構成比(罪名別)」によると、強制性交等での被検挙者のうち、再犯者の占める割合は8.2%となっています。

これらの数字をどのように捉えるかは読者のみなさまにお任せするとしても、性犯罪者に対して「”性欲そのものを抑制する”方法で再犯を防げないのか」と考える方々が生じることは、ごく自然な流れのように感じます。

そこで、再犯を防止する目的で「物理的、または科学的に性欲を抑止することはできないか」という議論が生じるわけです。

「性欲抑制」の処置について

物理的処置

パッと思いつくのがコレですよね、きっと。

「物理的に生殖器を切除するという刑罰を制定したらどうか」

要するに「取っちゃえ!」ってことですが、これはどうにも難しそうです。

というのも、日本で認められる刑罰は、刑法9条「死刑懲役禁錮罰金拘留及び科料を主刑とし、没収を付加刑とする。」に定められるように、7種類しかありません。そして、裁判官は規定されていない刑罰を科すことはできないというのが大前提です。

さらに、憲法36条に「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。」と示されているように、受刑者の身体に損傷を与えるような「身体刑」は、「残虐な刑罰」として許されません。

よって、物理的処置は「残虐な身体刑で、憲法違反だからダメ」となるわけです。

そこで注目されたのが「化学的去勢」です。

化学的去勢

化学的去勢とは、薬物による「治療」として、性的な衝動を抑制しようとする方法です。

方法としては、大まかに次のような3通りの方法があります。

  1. 薬物投与によって、男性の精巣で分泌される男性ホルモンを除去する方法
  2. 薬物投与によって、女性ホルモンを投与して男性ホルモンの分泌を抑制する方法
  3. 薬物投与によって、男性ホルモンの分泌を遮断する方法

いずれの場合も、「薬物」投与によって、「男性ホルモン(テストステロン)」の分泌を抑制・遮断するという点で共通します。

つまりは、外科手術によらず、実質的に去勢と同等の効果を得ようというものですが、「結局、去勢するってことは人権侵害になるんじゃないの?」という意見も当然あります。

化学的去勢の効果と問題点

化学的去勢では基本的に、薬物を継続投与している期間のみ性欲が抑制されるという特徴があります。

しかし、これも絶対ではなく、意図せず完全に機能停止してしまって、薬物の投与をやめても元に戻らない場合もあります。
また、薬物ですから副作用も少なからずあります。
(薬の種類にもよりますが、体重の増加、慢性疲労、頭痛、無気力、長期的な投与による臓器機能の障害などなど)

それゆえ、たとえそれらの副作用が対象者の生命に支障を与える程度まで重大なものではなく、その副作用も一時的であることを考慮しても、薬物治療は少なくとも対象者の身体に損傷を与えることであるから「結局、人権侵害の問題は残ってしまうではないか」という意見もあります。

それに加え、「治療を中断したら性的能力が回復してしまうのでは、実効性がないのでは?」という意見もありますが、永続的に薬物投与を続けた場合、それもまた生殖機能を完全に奪ってしまう行為ではないかとして、人権問題に帰結するという現状です。

そんな議論がある中、今後の日本ではどのように対策が行われているのか注目されるところですが、実際に化学的去勢が実施されている諸外国を例示して、本記事の締めくくりとしたいと思います。

化学的去勢を実施している国

現在、化学的去勢を実施している国は、以下の14ヶ国となっています。

  • デンマーク
  • ドイツ
  • フランス
  • アメリカ(ジョージア州、モンタナ州、オレゴン州、ウィスコンシン州、カリフォルニア州、アイオワ州、フロリダ州、ルイジアナ州、アラバマ州の9つの州)
  • カナダ
  • オランダ
  • ポーランド
  • スイス
  • スウェーデン
  • フィンランド
  • ノルウェー
  • モルドバ共和国
  • カザフスタン
  • 韓国

デンマーク

デンマークは、1929年に去勢に関する法律を制定したことで、欧州国家の中で外科的去勢を合法化した最初の国家となりました。

実際に、1929年から1973年までの間、実際にデンマークで外科的去勢が執行された性犯罪者の数は1000人以上にのぼります。

しかし、外科的去勢に対して、「回復ができない残酷な刑罰である」との声が高まったため禁止されることとなり、1973年以降は化学的去勢が実施されることとなりました。

なお、デンマークの化学的去勢の対象者は、「21歳以上で、性的本能により犯罪を犯す可能性があったり、重大な精神的苦痛または社会的な困難がある者」とされています。また、この化学的去勢は医師による直接的な結果及び危険性についての告知を受けた上で、自発的な同意を得てから実施されます。
※「対象者に法的な意思決定能力がない場合には保護者が代わりに同意することができる」とされています。

ドイツ

ドイツにおいて去勢は、「自発的去勢及びその他の治療方法に関する法律」の下で許容されており、この法律で去勢行為の正当化事由を定めています。

同法第1条では去勢について、「男性の精巣の摘出又は機能喪失による、異常な性衝動に対処するための治療である」と定義していますが、同法第2条及び第3条に定められた去勢を合法とする条件等に関する規定は、恒久的な性機能喪失を目的としていません。

なお、「異常な性衝動が強制性交や子供に対する性的虐待など一定の犯罪の原因となっている者」に対して去勢が行われるのは、リスクに対処するため及び本人の将来の生活のために適切であると医学的知見の下で判断される場合に限られ、また、「25歳以上であり、本人の同意があること。また、期待される治療効果に対して不相応な程度の身体的又は精神的不利益が予想されないこと。加えて、治療が医学的知見に基づいて行われること。」という条件があります。

韓国

韓国では2007年に、位置追跡電子装置(GPS)装着法が成立し、2008年9月に性的暴行犯を対象に電子(GPS付)足輪制度が施行されていました。

しかし、「足輪を壊して逃亡」や「足輪を苦に自殺」といった事件が相次いでしまったこと、さらに、当時の”風俗浄化作戦”による風俗店減少に伴って強姦などの性犯罪が増加してしまったことで、韓国政府は次なる対策を求められることとなりました。

そうした背景を受け、2011年7月24日に「性犯罪者に対して、化学的去勢を“本人の同意なしに"実施できる」とした法律が制定されました(同年5月21日に初の執行命令)。また同法では、出所後3年間は「本人の意思に関わらず、性的衝動を抑制する薬物の注射を3か月ごとに受けなければならない」と義務付けられています。

当初、薬物投与による化学的去勢の対象は「16歳未満の子供に性的暴行を加えた者のうち、19歳以上かつ再犯の恐れがある者」に限定されていましたが、2013年3月の法改正を受けて、裁判所は「性倒錯症」と診断を受けた者に対して、年齢を問わず去勢を命じることができるようになりました。

ちなみに、この化学的去勢は「リュープロレリン」という薬物投与によって実施されますが、この薬物には激しい鬱症状を引き起こす恐れがあるとして、投与に反対する意見もあり、現在も議論の余地を残しています。