小豆島夫婦殺害事件

親子喧嘩の末に殺害!〜島内で孤立してしまった男性の末路〜

2015年4月30日に香川県にある人口3万人もどの小さな島、小豆島で、60代の夫婦が死亡しているのが見つかった事件である。

事件発生から40日後の6月8日午後、夫婦の30代の長男、喜田勝義(当時37歳)を強盗殺人容疑で逮捕した。勝義は「父親に叱責され、母がかばってくれなかった」、「父親にかねてから恨みがあり、直近に揉め事があった」と供述しており、親子喧嘩が動機と見られている。また、「金が欲しった」とも供述していたため、金銭目的とも考えられた。

犯行後の5月3日には、香川県土庄町(小豆島)内の斎場で行われた、殺害した自分の両親の告別式で、勝義は親族を代表してあいさつした。時折声を詰まらせ、悲しみに暮れる表情を周囲に見せていた。

犯行の動機と経緯(詳細)

2015年4月30日午前0時頃、香川県小豆島の水道工事会社事務所兼住宅で経営者の喜田春夫さん(当時65歳)と妻の加代子さん(当時63歳)の夫婦が2階住居部分で殺害されていた。2人の遺体は鈍器のようなもので激しく殴られた跡があり、頭蓋骨が粉砕骨折するほど殴られていたため、犯人は強い殺意を持って殺害された可能性が高いことが分かった。

金品を物色したような跡は確認されておらず、加代子さんの財布は室内にあったが、春夫さんの財布や携帯電話など3点(計1万1200円相当)が、見つかっていないため、物取りの犯行と見られた。

司法解剖の結果、春夫さんの死因は前頭部を強く殴打されたことによるくも膜下出血と脳挫滅、加代子さんの死因も同様にくも膜下出血だった。

後に、2人の息子、勝義の証言から、春夫さんらが仕事に利用する鉄製の工具の金槌を凶器に使ったと考えられた。

事件発生から40日後の6月8日午後、夫婦の30代の長男、喜田勝義(当時37歳)を強盗殺人容疑で逮捕した。勝義は「父親に叱責され、母がかばってくれなかった」、「父親にかねてから恨みがあり、直近に揉め事があった」と供述しており、親子喧嘩が動機と見られている。また、「金が欲しった」とも供述していたため、金銭目的とも考えられた。

喜田勝義について

勝義は事件当時、両親とは3キロメートル離れた別のアパートに一人暮らしだった。地元の高校を卒業し、自衛隊学校に入学した。その後、海上自衛隊に入隊し、輸送艦に乗り、イラク関連の派兵に加わっており、事件当時は帰還兵だった。

海上自衛隊は10年ほど続けたが、心を病んでしまったことから辞めていた。通院していた時期もあったという。自衛隊を辞めてからは、パチンコ店などに勤め、その後、春夫さんの水道工事会社に就職する。

しかし、春夫さんとの折り合いが悪く、3年ほど前に辞めてしまった。その後に、小豆島内のアルミ建材会社で同年の2月ごろまで働いていたが、そこでもうまくいかず退職していた。そこからは無職で、家賃も4月から滞納し、携帯電話の料金も未払いで止められていたため、お金に困っていたそうだ。

春夫さんは昔かたぎな人で、勝義には「お前は使えない。まだまだ甘い。」と言うなど、厳しい一面があった。その一方で、勝義は生真面目で大人しく無口な性格だったため、日頃から性格が合わず口論をしていた。

また、勝義は島内で孤立していたそうで、学生時代もいじられキャラ、島内では周囲から浮いた存在だった。

犯行後の5月3日には、香川県土庄町(小豆島)内の斎場で行われた、殺害した自分の両親の告別式で、勝義は親族を代表してあいさつした。時折声を詰まらせ、悲しみに暮れる表情を周囲に見せていた。

判決とその後

検察側が無期懲役を求刑したのに対して、弁護側は『犯行に及んだのは発達障害の影響があった』などとして、懲役22年が妥当だと主張した。

1審の高松地方裁判所と2審の高松高等裁判所は、「就寝中の両親を襲った残虐で卑劣な犯行で、発達障害の影響は限定的であり、刑を大きく減らす事情とは評価できない」として、求刑どおり無期懲役の判決を言い渡した。

2017年4月11日、これに対して被告側が上告しましたが、最高裁判所第2小法廷の山本庸幸裁判長は21日までに上告を退ける決定を出し、無期懲役の判決が確定することになった。