宮崎勤幼女連続殺人事件

多数映像化された戦後類をみない連続殺人犯

1989年7月23日、宮崎勤が東京都八王子市美山町で女児にわいせつ事件を起こしているところを、被害女児の父親に取り押さえられ、八王子警察署に現行犯逮捕された。

取調べが行われ、4件の連続幼女誘拐殺人事件を供述、死体が発見される。

警察側は宮崎が自室を家宅捜索し、「5,763本もの実写ドラマなどを撮影したビデオテープ」押収し、被害者幼女殺害後に撮影したと見られる映像を発見した。

宮崎は公判において不可解かつ身勝手な発言を繰り返し、弁護側は宮崎が幻聴を訴え投薬を受けていることを挙げて上告したが、死刑が確定した。

2008年6月17日に東京拘置所に於いて死刑執行。宮崎が遺族に対する謝罪や反省を語ることはなかった。

犯行の経緯や動機

【1件目】
宮崎は同日午後三時、埼玉県入間市の歩道橋でAちゃん(4才)に声を掛け、自動車に乗せて誘拐し、午後6時半頃、五日市町の山林で首を締めて殺害した。
母親の通報で公開捜査が行われた。

【2件目】
1988年10月3日、埼玉県飯能市の路上でBちゃん (7才)に声を掛け、車で誘拐する。
わいせつ行為の後、また息があったBちゃんを五日市町の山林で首を締めて殺害した。
父親の通報で公開捜査が行われた。

【3件目】
1988年12月9日、川越市でCちゃん(4才)に声をかけ車で誘拐する。
名栗村まで移動し、Cちゃんを全裸にして写真を撮ったが泣き止まず、首を絞めて殺害し、遺体を山林に捨てた。
母親が通報し、1,2件目の事件と関連づけた埼玉県警は「幼女連続行方不明事案総合対策本部」を設置した。
12月13日、Cちゃんの衣服を発見し、後に遺体が発見される。

【犯行声明】
宮崎はAちゃんとCちゃんの自宅に、本や新聞の文字をコピーしたものを切り取ったはがきを送りつけた。
また翌年には、Aちゃんの遺骨を焼却し、遺族に送りつけている。
2月10日、Aちゃん事件に関わったとして「今田勇子」を名乗る犯行声明文が朝日新聞東京本社に届く。

【4件目】
1989年6月6日、江東区東雲のDちゃん(5才)に声をかけ車で誘拐し、近くの駐車場で首を締めて殺害した。
その後、遺体を自室に運び込んでビデオ撮影した後、自宅で遺体を切断。6月10日に飯能市の霊園や五日市町の山林に捨てた。
母親が交番に届け出て、捜査が行われる。
6月11日、埼玉県飯能市内で首や手足が切断された全裸遺体が発見され、鑑定や両親の確認でDちゃんと判明した。

4つの事件において宮崎の動機に関する供述は二転三転し、不明である。

判決とその後

1989年7月23日、宮崎が東京都八王子市美山町で新しくわいせつ事件を起こしているところを被害女児の父親に取り押さえられ、現行犯逮捕された。

取り調べで8月9日に供述を始め、翌日供述どおりに遺体が発見される。

その日から実名報道が始まり、8月11日に誘拐と殺人の容疑で再逮捕、以降4つの事件への関与を次々と供述した。

また宮崎元死刑囚の自宅から被害者の殺害後に撮影されたビデオが発見された。

1997年4月14日に東京地方裁判所で死刑判決が下され、控訴するも棄却。

2006年1月17日に死刑が確定、2008年6月17日、東京拘置所で死刑執行された。

当時の報道では戦後の犯罪史上類を見ない劇場型犯罪として大々的に報じた。

のちに宮崎元死刑囚の父親が自殺したことで報道のあり方に一石が投じられた。