神奈川・予備校生金属バット殺人事件

2020年07月

父親の罵倒に追い詰められた予備校生が両親を撲殺。

神奈川金属バット両親殺人事件とは1980年11月29日に神奈川県川崎市高津区に住む当時20歳の予備校生が、両親を金属バット殴り殺した事件である。

また刃物などではなく金属バットで殴り殺すという狂気的な事件であり、なおかつ殺した相手は両親というあまり類を見ないケースであった。

凄惨な事件なためあまり内容に触れたくない方もいるかもしれないが、なぜ起きてしまったのかなどを今一度確かめるため概要などを追って説明していく。

事件概要

1960年犯人の一柳展也は東京大学卒の一柳幹夫(事件当時46歳)と名のある酒造家の娘である一柳千恵子(同じく46歳)のもとに生まれ、エリート一家の一員として人生をスタートさせる。

1973年区内の名門中学に進学。同年に兄は早大の付属高校に進学している。

1976年兄と一緒の高校に入るために自ら出向くタイプの家庭教師などに通っていたが結果は失敗。名門私立の海城高校に進学することになる。

だが名門に進学したと言えど、展也は劣等感を感じており成績もよくならず無気力状態に近い状態になる。

1979年早大、明治大、上智大など名門大学を受験するがいずれも失敗。予備校に通うことになる。(浪人生)

1980年2度目の受験となったがまたしても失敗。次は予備校を変えて早大専門コースがある学校に通うことになる。

しかし2校目ではあまり授業に顔を出すことはなく、父親のお金などを盗み映画やパチンコなどで過ごすようになっていく。

11月25日再びお金を盗むためキャッシュカードを抜きだしてウイスキーを買うが、いつも父親がカードを入れていた定期入れが見つからず隠すことに。

28日、カードを盗んだことを知った父親は展也を激しく叱り、 部屋に戻ってウイスキーを飲んでいた展也を見て大激怒。家を出ていけなどきつい言葉を投げた。

1980年11月29日川崎市高津区自宅にて就寝中の両親を金属バットで殴り殺す。展也がきつく叱られてから3時間後ほどの出来事であった。

動機・経緯

動機は日々のストレスや不安定な精神状態からくる両親への復讐。

父親を殺したあと迷わず母親も殺しているので、突発的な行動ではあるかもしれないが非常に冷酷で明確な殺意があった。

犯行当時展也は殺したのが自身だと気付かれないように強盗が起こした事件に偽装していた。

判決とその後

判決は懲役13年と殺人事件としてはそこまで重くない罪になっている。

展也自身に前科・非行歴がないことや、2浪中で不安定な精神状態であったことが理由かと思われる。

時系列ごとに追っていと展也はすでに出所しており現在どこかで暮らしている計算になり、囚人狂時代という元囚人の見沢知廉が書いていた本にも満期出所していたと書いている。

現在何をしているかはわかっていない。