横浜・ホームレス襲撃殺人事件

2020年07月

ゲーム感覚で浮浪者を暴行・殺害した少年たち

横浜浮浪者襲撃殺人事件とは1982年12月から1983年2月10日にかけて起こった浮浪者(ホームレス)を狙って殺害・暴行をしていた事件のことである。

犯人が中学生から高校生の集団ということもあり、未成年犯罪の危険性を知らしめた事件でもある。

ではなぜ中学生たちは浮浪者を狙って犯行を繰り返していたのだろうか。

本記事では同じ事件が起きないためにも概要などを説明していく。

事件概要

元々横浜は港での仕事が多いため日雇い労働者が多く存在しており、働き口のない者たちは公園やベンチなどで寝泊まりをしている状態になっていた。

1983年2月5日横浜市中区の山下公園で60歳の浮浪者が暴行をうけ病院で死亡が確認される。

横浜スタジアムでは9人が襲われ重軽傷を負うことになる。

2月10日横浜市中区松影公園で43歳の浮浪者が死亡しているのを確認。

2月12日神奈川県警が少年グループを傷害致死の疑いで逮捕。「恐舞連合」というストリートギャングによる犯行だった。

犯行グループは中学2年生3人、中学3年生2人、高校1年生1人、無職の16歳4人によって構成されていた。

動機・経緯

動機は「横浜を汚くしているホームレス始末し綺麗にするため」というあまりにも理不尽な理由であり、まだ成熟していない少年達の幼い狂気が入り混じっている動機であった。

また逮捕された後も「浮浪者が生きていてもしょうがない」、「浮浪者の味方をされるなんて考えなかった」など全く反省をしておらず、どのような育ち方をしたらここまで残忍な子に育つのかと思わされる。

そして犯行グループは当時敵対していたグループとの喧嘩訓練として、町の美化活動もかねて浮浪者を狙っていたらしく集団で襲うなどの犯行をしていたという。

判決

1983年3月4日に10人の少年を家裁に送致したあと保護観察が1名児童自立支援施設が2名、少年院が7名という判決を下された。

児童自立支援施設とは不良行為をした・する可能性がある児童を、指導をして自立させる施設のことである。

また後に関係性のあった少年たちにも判決が下されており9人を少年院に、1人を児童自立支援施設に送致している。

その後

逮捕をしても犯行グループの仕業だと発覚したのは数件であり、他にも関係あると思われた事件はいくつか存在している。

そして浮浪者を狙った犯行はこの事件だけではなく後に何回も繰り返されており、浮浪者の多い関東や大阪などで行われている。(高校生や中学生の犯行) いずれも浮浪者=いらない者という浅はかな認識をしている未成年が多いため起こってしまっている事件なので、固定観念が無くならない限り今後も続いていく可能性があるだろう