横浜弁護士刺殺事件

2020年07月

離婚訴訟のトラブルから、妻の代理人弁護士を逆恨みし、刺殺した事件

2010年6月2日、横浜市中区の雑居ビルにある法律事務所「横浜みらい法律事務所」で、弁護士・前野義広さん(42歳)が平川隆則(41歳)に胸などを刺され、搬送先の病院で亡くなった事件。

動機は、離婚に関する金銭交渉のトラブルによるものだった。

事件の経緯と詳細

平川隆則について

2009年、平川はDV(家庭内暴力)などを理由に妻から離婚訴訟を起こされ、慰謝料などの金銭交渉をめぐるトラブルから、代理人である前野さんに対して恨みを抱くようになった。

そして、2010年6月2日、スタンガンやガソリン、サバイバルナイフなどを用意し、前野さんの勤める法律事務所へと向かった。

また、事件直前には、事務所に平川とみられる男から「妻に会わせろ」という電話が繰り返しあったという。

事件当日

2010年6月2日、第一発見者の女性事務員が外出先から戻ると、事務所内の相談スペースで前野さんと平川が揉めていた。

前野さんは平川に対し「落ち着いて」と話すとともに、女性事務員に警察への通報を指示した。

しかし、女性事務員が事務所を出た直後、平川は前野さんの胸などを数回にわたって刺し、非常階段から逃亡した。

現場には凶器となったサバイバルナイフとスタンガンが残されていたという。

前野さんはすぐに病院へ運ばれたが、搬送先の病院で亡くなった。死因は右脇動脈など、2ヶ所を刺されたことによる失血死だった。

逮捕へ

警察は、前野さんが担当していた案件で、何らかのトラブルがあったものと推測。

現場周辺に平川の指名・住所の書かれた資料があったことや、平川が乗り捨てた車から前川さんの血痕が付着したシャツが発見されたことなどから、警察は平川を指名手配した。

同月28日、神奈川県警加賀町署捜査本部は、平川の顔写真と氏名を公表し、公開手配に切り替えた。

その後、事件の一か月後となる7月1日、平川が逮捕された。

判決とその後

2011年2月22日、横浜地裁で第1審が開かれた。平川は弁護士を死なせたことについては認めたが、殺意は否定した。

また、「(離婚訴訟中の)妻とうまくいっていればこんなことにはならなかった」と述べ、前野さんへの謝罪は一切なかった。

一方、検察は平川が複数の凶器を準備していたことや、刺し傷が深く、また、複数箇所を刺していることなどから「殺意は明らか」であり、「怒りに任せて暴力で主張を押し通そうとした」と主張。

地裁は、「法治国家の根幹を揺るがす極めて悪質な犯行」として、無期懲役の判決を下した。

平川は、判決を不服として控訴したが、同2011年7月25日に棄却された。

さらに上告するも、同2011年11月21日、最高裁で棄却され、無期懲役が確定した。

前野さんの所属する横浜弁護士会弁護士業務妨害対策委員会によると、「支援が必要となるケース・トラブルは年に2,3件」とのことであるが、それらのトラブルが本件のような深刻な事態に発展する可能性は否めない。

また、実際にそうしたトラブルから、1998年には坂本弁護士一家殺害事件、1997年には証券会社の顧問弁護士の妻が殺害される事件などが発生している。