夕張保険金殺人事件

2020年02月

夕張炭鉱事故で多額の保険金を受け取った夫婦が、さらなる保険金殺人を計画。

夕張保険金殺人事件とは1984年5月5日に北海道夕張市で起きた保険金を目的とした放火殺人事件のことである。

多額の保健金目当てに行われた最悪の事件であり、夫婦そろって逮捕されるという珍しい事件でもあった。

本記事ではそんな夕張保険金殺人事件の概要、動機などを紹介していく。

事件概要

犯人の日高安政(当時41歳)と日高信子(当時38歳)は三菱大夕張炭鉱の下請け会社っとして「日高興業所」を営んでおり、夫の安政は覚醒剤や暴力事件で捕まり刑務所にいた期間があった。

なおその間は妻の信子が会社を取り仕切っており一人で回していた。

1981年10月北炭夕張新炭鉱ガス突出事故で日高興業所の従業員7人が死んでしまい、会社に多額の保険金が入った。(遺族支払った金を除いて1億円ほど)

日高夫妻はそのお金で豪遊しわずか2年で使い切ってしまう。

1984年5月5日日高興業所の宿舎から出火。宿舎内にいた子供を含む6人が死亡

消火活動にあたっていた消防隊員も巻き込まれて殉職するほど大きな事故となった。

後日宿舎にかけられていた火災保険金と従業員の保険により日高夫婦は1憶3800万円を受け取ることに。

しかしこのお金はわずか1か月ほどで使いきっている。

出火に原因は当初ジンギスカン鍋に使われた焼肉プレートが原因とされていたが、後に火災に巻き込まれた入院中だった日高興業所作業員の石川清(当時24歳)が自分がやったと自供し日高夫婦はすぐに逮捕された。

動機・経緯

犯行自体は石川が行っているが指示を出したのは日高夫婦となっているので、過去の事件で味を占め再度保険金で儲けたかったことが動機となる。

北炭夕張新炭鉱ガス突出事故では何もせずお金が入ってきたので、殺せば保険金で楽に稼げると思っての放火となっている。

判決

日高夫婦の判決は天皇の崩御(天皇が亡くなること)により恩赦の対象となろうとした、その願いはかなわずが死刑判決が下され1997年8月1日に死刑が執行された。

石川は自首などの行為が減刑の対象となり1987年3月に無期懲役の判決が下されている。

その後

2019年現在、石川はいまだ塀の中となり日高夫婦は帰らぬ人となっている。

また日高夫婦が逮捕され日高興業所は経営者がいなくなり評判も最悪となったためすぐに倒産。

事務所も廃墟となっている。

保険金狙いの犯行は動機として語られることが多いが決して許されることではなく、残された家族などの憎しみを増やすだけである。

なので今一度「人の命は金では決して買えない」ことを理解しなければいけないだろう。